連載 偏愛仕事人
誰もがどんな職業をも目指せる時代。選択肢が多いのは良いことだけど、選択肢がありすぎて逆に道に迷ってしまうということがある。そんな時代の中で、自分の「好き」という気持ちをまっすぐに信じて仕事に結びつけている人たちは、なんだかとても楽しそうに生きている。そんな「偏愛仕事人」たちの仕事観に迫るインタビュー。
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【偏愛仕事人インタビュー #2】 tree&moon代表/ファッションデザイナー 志和木来さん 「生地への偏愛」
“「なんか良いな」って感じる服はまず生地にこだわってることが多い気がします。やっぱり服のベースとなる生地のパワーってすごいと思うんです。だからビビッと来た生地を手に取って、それぞれの生地の魅力を引き出すデザインを考える。その作業が本当に楽しいんです。結局私は生地が好きで、年々その気持ちは強くなっていますー”
偏愛仕事人
志和木来(しわ・もく)
tree & moon 代表/ファッションデザイナー
インド、スペイン、そして日本…心惹かれる土地を巡りながら、自らがデザインを手掛けるオーガニックファッションブランド「tree & moon」を運営している。今でこそ生地に魅せられ、自らの「好き」を仕事に結びつけている木来さんだが、ここにたどり着くまでには様々な紆余曲折があった。ネットの情報や周りの大人の言葉を鵜呑みにして、子どもの頃から抱いていた「服が好き」という気持ちにフタをしていたという木来さんは、いかにして自身の偏愛を取り戻したのだろうか。その道のりを聞いた。
「私、生地オタクなんだと思う。」
デザインで生地の魅力を引き出す
−− tree & moonのウェブサイトを拝見して、モデルさんが気持ちよさそうに服をまとっているイメージが印象的でした。木来さんがデザインする服の特徴を教えてください。
その人に馴染んで、その人自身が自然体でいられるような服を目指しています。生地はインドから直接仕入れたオーガニックコットンを、地球に還るベンガラで染めています。「生地」って一言で言っても本当に膨大な種類があるんですよね。同じ「白」でも、色味も手触りも全然違う。だから大量のサンプルの中からビビっとくる生地を選んで、その生地の魅力を最大限に活かすデザインを考えています。
−− デザインのインスピレーションはどこから来るのでしょうか?
昔から歩いている人の服を見るクセがあります。顔よりもまず服を自然と見ていて。素敵な服を着ている人とすれ違うと二度見したり振り返ったり、何度も見ちゃうんです。そこから作りたい服のイメージが膨らんでいきます。
−− 服を作る際のこだわりを教えてください。
やっぱり生地ですね。私、たぶん生地オタクなんです(笑)。生地を選んだり組み合わせたりするのが本当に楽しくて。それにやっぱり服にとってベースとなる生地はすごく重要で、「なんか良いな!」って感じる服は生地にこだわっていることが多い。どんなに素敵なデザインでも、生地がチープだと魅力は出ないと思っています。
−− 実際に服を作るときに、素材とデザインのバランスをどのように考えていますか?
まずデザインのイメージが先にはあるのですが、生地を見ながら修正して、生地とデザインをマッチングさせていく感じです。その作業もすごく楽しいんですよ。どんなに良い生地でもデザインがマッチしていなかったら好きになれない。まあ私は専門的に勉強をしてきたわけではないので、基本的に直感で進めているんですけどね(笑)。
−− 生地を手に取るとイメージが湧いてくる、という感じなのでしょうか?
そうですね。いつもインドのジャイプールの生地屋さんからサンプルを送ってもらうのですが、送られてきた生地を手に取った時に「あ、この生地だったらこういうワンピースが可愛いだろうなあ」っていう風に想像が膨らんでいきます。
−− 木来さんが生地に惹かれるようになったきっかけや原体験はありますか?
うーん、なんで惹かれるんでしょうね。今パッと思い浮かんだのは、小さい頃の実家の光景です。母がよくお布団を日向に置いて干していて、春とか秋の気持ちの良い気候の日にいつも寝っ転がってごろごろしてたんですね。そのとき生地に光がやわらかく当たる感じとか、お日様が当たってコットンがふかふかになる感じとかがすっごく好きで。もしかしたら根っこにはそういう感覚があるのかもしれないです。
−− ウェブサイトのイメージ写真も、屋外のやわらかい光を意識しているように感じました。
生地に光が当たってる時って最高じゃないですか。やっぱり見え方も全然違うし、生地がいちばん美しく見えるんです。それに自然由来のベンガラ染めは人工の染料よりも暗めのトーンに仕上がることもあって、太陽の光の下で見ると本当にきれいなんですよ!
ベンガラで染めた生地
「もう自分で作るしかない!」
行き詰まって気づいた本当にやりたいこと
−− ここからは木来さんがブランドを立ち上げるまでのストーリーをうかがいたいと思います。小さい頃から服が好きだったものの、一度はファッションとは関係のない道を選んだそうですね。
高校生の時に進路を迫られるじゃないですか。最初はスタイリストになりたかったのですが、ネットで「スタイリスト」って検索すると最悪なことがたくさん書かれていたんです。給料が少ないとか、ブラック企業がどうだとか、成功する人は一握りとか。周りの子たちもみんな安定した職を選んでいたこともあって、その時に興味があったエステの短期学校に進んで、そのままエステの会社に入社しました。
−− エステの会社にはどのくらいの期間いたんですか?
8ヶ月くらいです(笑)。私には美容の世界も企業の文化も合わなくて息が詰まってしまって。職場のルールやしきたり、あとは毎日決められた時間に出勤することも。とくに女性は生理とかで体調が悪い日があるのに、それでも薬を飲んで元気に振る舞ったりする慣習がつらくて。「この世界は私に合ってなかったんだ」と気づきました。
−− そしてファッションの道へ?
いや、実はそこから4年間くらい迷子期に突入します(笑)。自分が本当に何をやりたいのか分からなかったんですよね。別の会社を受けてみたり、色んなバイトをしてお金を貯めて、ワーキングホリデーでオーストラリアに行ってみたり。だけどやっぱりどれも続かなくて。
−− なんとオーストラリアにまで…!迷子期からはどのように脱出したのでしょうか。
本当に行き詰まってしまったタイミングで、母に勧められた「紙に自分の好きなことを書き出す」という作業をふとやってみたんです。どんなことをしている自分が好きか、生活の中で気分が良い時とか、細かいことでも全部書き出してみる。そこから今度は自分が本当にやりたいことを消去法で選んでいったら、最後に服が残ったんです。そこで「あ、自分が本当に好きなのは服だったんだ!」って気づいたんです。
−− 高校生の時から足掛け10年くらいでしょうか。ついに服の世界に戻ってきたんですね。
ただ自分には知識も技術もなかったので、まずは自分の好きなブランドの服を仕入れてセレクトショップを開くことにしました。でも全然楽しくなかったんです。オープンする前からどんどんやる気がなくなってしまって。ショップに行って服を見るのは好きなのですが、自分で売るとなったらなんか違ったんですよね。どんなに可愛いと思っても自分で作ってないから嬉しさがないというか。そこで「じゃあ、一から自分でつくるしかないじゃん!」って。
−− 服作りの知識がない中で、どのように「一着目」を作ったのでしょうか。
たまたま姉の友だちが裁縫をやっていて、もしかしたら作ってくれるかもよと教えてくれたんです。すぐに連絡して会いにいきました。それまでデザインをしたことがなかったので、下手なりに絵を描いて、ファッション用語も分からないから自分の言葉で服のイメージを説明して。そして何度も何度も調整を重ねて、一枚のブラウスを作りました。そのやりとりが本当に楽しかったんです。胸が熱くなって、緊張しているような。その時に『これが私が本当にやりたいことなのかも!』って思ったんです。だって、こんなにドキドキしたのは人生で初めてだったから。
最初に作ったブラウス
自分なりのフェアトレードを目指して。
インドで感じた生地の可能性
−− そして勢いそのままインドに飛んだそうですね。
一着目のブラウスを作った頃から、インドに無性に惹かれるようになりました。インドはコットンが有名だし、とりあえず行ってみて生地を探したり、どんな風に服が作られているのか見てみたいなと思ったんです。とはいえ知り合いもいないので、トゥクトゥクのドライバーさんに頼んで生地屋さんに片っ端から連れて行ってもらいました。インドってほんとみんな嘘をつくんですよ(笑)。明らかに化学染料で染めた生地をキャロットで染めたって堂々と言う生地屋さんとか。でも最後にいいなと思える生地屋さんに出会えました。
−− それはどんな生地屋さんだったのでしょうか?
化学染料で染めた生地はこれで、ナチュラルなもので染めたらこんな風にムラができるよってちゃんと見せてくれたんです。オーガニックコットンの生地の種類もたくさんあるし、人柄も良くて。そしたらその場で「服、作るか?」って言われて、もう勢いで「作ります!」って答えました(笑)。でも全然経験がないから…って言ったら「大丈夫、大丈夫!」って背中を押してくれたんです。その時のご縁は今でもずっと続いています。
−− インドでは工場も見学しましたか?
裁縫している工場や染めの作業を実際に見に行きました。化学染料の染めに使った水をどこに捨てるのか聞くと、水をきれいにするタンクがあって、そこから川に流れるよって教えてくれて。でもインドにはこんなに汚い川があって、そりゃないだろって思いました。インドの人たちは確かに良い人なんだけど、環境のことをそこまで深く考えていないし、しかも彼らが悪いというわけでもない。そんな現実を目の当たりにしました。
−− その現実を引き受けた上で、ブランドを立ち上げて販売をスタートした。
とりあえず作って販売しないと何も始まらないから、完璧じゃなくてもやってみるのが良いかなって腹をくくりました。どれが化学染料で、どれがオーガニックなのかちゃんと明記して、少しずつ理想に向かっていこうと思ったんです。そこから宮崎、スペインと住む場所を変えながら少しずつブランドを知ってくれる人が増えていきました。
−− インスタグラムで「フェアトレード」というキーワードも拝見しました。
服のことを調べる中で、「オーガニックコットンは本当に100%オーガニックなのか」とか「フェアトレード認証があったら本当にフェアトレードなのか」という疑問を持ち始めました。認証マークが付いてさえいればお客さんは「いいね!素敵!」って思うだろうけど、そもそも認証マークを取るためにはお金を払う必要があって、そのために働き手に見合った賃金を渡せていないという話を耳にしたこともあります。だから私は認証マークに頼るのではなくて、見せかけではない「自分なりのフェアトレード」を目指しています。
−− 木来さんのブランドではインドで裁縫までしてもらっていると思うのですが、日本から現地の労働環境を把握し続けるのは難しいようにも思います。
まさにその通りです。工場の人にしつこく連絡すると「工場の状態は良いし、みんな満足してるよ」って答えるのですが、正直どこまで本当かは分からなくて、信じるしかないというのが現状です。だから私が服を作ることが、誰かを苦しめることにつながっているんじゃないかって落ち込むこともありました。でも立ち止まっていても何も始まらないので。ブランドを立ち上げて少しずつ服を作りながら、本当に信頼できる現地のパートナーを探し始めました。
−− 状況は良い方向に進んでいますか?
少し前にインドで労働環境や女性の権利を改善するために、自ら工場の経営を始めた方と知り合いました。何度かオンラインでやりとりをしていて、来年の始めにインドで直接お会いする予定です。本当に少しずつだし、試行錯誤しながらではありますが、良い方向に進んでいると感じています。
インドで訪れた生地屋
働くことと生きることは地続き。
「楽しさ」から世界を変えていく
−− ブランドを通して木来さんが目指している世界を教えてください。
みんなが自分らしくいられる世界が理想です。tree & moonの服を着てくれる人も、服を作ってくれる人も。世界全体を一気に変えることはできないけど、自分にできる範囲から行動していけたらと考えています。
−− そのためにどんなアプローチを取っていますか?
世の中には課題や問題がたくさんあると思うのですが、それを「嬉しい」とか「楽しい」とか「かわいい」っていうポジティブな感情から変えていけたらなと思っています。たとえばドキュメンタリーを見て「つらい」とか「怒り」みたいな感情から変えるんじゃなくて、「え!かわいい!」とか、そういうところから意識を変えていきたいんです。
−− たしかに、木来さんのお話を聞いていてネガティブな視点は出てきませんでしたね。それは服のデザインを始めた当初から変わらない考え方でしょうか。
「なんでみんな分かってないんだ!」って一人で盛り上がっていた時期もあったのですが、やっぱり人は楽しい方に行きたい生き物だと思うので。それに「自分も楽しい」っていうことがすごく重要で、それがモチベーションになるし、だからこそ続けられるんだと思います。
−− さいごに、木来さんにとって「働く」とは?
なんか、生活してる感じです。全然仕事してないなってたまに思うくらい生活してる(笑)。スケジュールを管理して毎日会社に通うことが合っている人ももちろんいると思うけど、私にはそれができないって分かったので。だから最低限のことはやるけど、あとは朝起きてやりたいことをやっている感じです。だから私にとって働くことと生きることは地続きなのかな。「やらなきゃいけない」っていうプレッシャーは全くありません。
編集後記
木来さんは「こうだ!」と思ったら、まず動く。綿密に計画を立てることが苦手というわけではなく、たぶん、身体が勝手に動いてしまうのだろう。彼女はその勢いによって世間のしがらみを振りほどき、自ら道を見つけてここまで駆け抜けてきた。
「考えてから走るのではなく、とにかくまずは走り出してみる。そして走りながら一生懸命考える。」木来さんと話していると、一見非合理的にも見えるこのスタンスが、実はとても理にかなっているような気がしてくる。現実というのは、私たちが思っているよりもずっと気まぐれで計画通りに行かないものなのだ。とするならば、先の見えない現実を進む道しるべになるのは、「自分が心惹かれるもの」を信じるということ以外にないのではないか。
「自分の心を呼ぶ方向へ進めば大丈夫。」燦々とかがやく彼女の笑顔が、そう背中を押してくれるような気がした。
(取材/編集 椋本湧也)
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