2020年06月01日更新

コピイ君ーーあわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.6

連載再開します。お笑いコンビ「あわよくば」のファビアンさんが妄想の赴くままに書き綴る、仕事をテーマにしたショートショートシリーズ第6弾。夜、ひとけのないオフィスに忍びこむ"デキる"若手会社員。その目的とは?

「早く帰れよ」

坂巻はそう呟いた。時刻は22時半。喫茶店の出窓に腰かけて外を眺めている彼の視線の先には一棟のオフィスビルがあり、電気が煌々と灯っていた。

坂巻はしばらく8階を見つめたあと、再び喫茶店のソファに腰を落とし、スマホゲームを再開した。普段からゲームをするわけではないが、待ち時間が長くなると見越してインストールしておいたのだ。そしてゲームが一区切りするたび、出窓からビルの様子を覗う。

しかし彼が喫茶店に入ってから三時間、ビルには何の変化もなかった。坂巻は溜め息交じりにアイスコーヒーを飲み、またゲームを続けた。マスターは不審そうに彼を見ているが、当の本人はそんなこと気にもしていない。無論、本当はゲームにも興味がない。坂巻の頭の中は、今夜の計画のことで埋め尽くされていた。

「おまたせしました」

5杯目のアイスコーヒーが到着した。坂巻は新しいストローの紙袋を破り、氷を二、三度かき混ぜて少し口をつけ、溜め息を吐いた。ったく、何時まで仕事してんだよ。そうは思うものの、彼は待つしかなかった。坂巻もゼロからイチを生み出す苦しみはわかっているつもりだ。

しばらく経つと、坂巻はスマホを机の上に置き、固まった体をほぐそうと背中を伸ばした。そして出窓へ行き、再びビルを確認する。すると、オフィスの電気がフロアの端から消えていくのが見えた。時刻は23時10分。やっとだ。やっと最後の一人が帰るようだ。坂巻は急いでソファに戻り、グラスからストローを抜いてコーヒーを一気に飲み干した。

「マスター!」

そう言って彼がくしゃくしゃになった五千円札を差し出すと、マスターは営業時間が伸びてしまったことへの苛立ちか、少し不機嫌そうにそれを受け取った。「釣りはいらない」と坂巻が告げても、表情が変わることはなかった。同じ計画を実行するとき、彼はいつもこの喫茶店で時間を潰していた。マスターにとってみれば、顔に見覚えのある迷惑な客なのだろう。

 ◇

坂巻は気合いを入れて、ビルの前へと足を運んだ。入り口には警備会社のセキュリティがかかっていた。彼は盗んでおいた役員用カードキーをかざしてロックを外し、懐中電灯の明かりを点け、建物内へ侵入した。

エレベーターは8階へ向けて上昇してゆく。彼は自分の会社へ向かっているだけなのに、平常心を保つことは出来なかった。なんせ夜中に一人、無人のビルに忍び込んでいるのだ。脈打つ鼓動に体温が上がるのを感じた。大丈夫だ、きっと上手くいく。彼は汗ばんだ手のひらをグッと握り、深く息を吸った。

そのとき到着音が鳴り、ドアが開いた。坂巻は少し背筋を伸ばし、フロアへと進んだ。

夜のオフィスはあまりにも静かだった。昼間とは別の場所へ来たのかと思う。坂巻は誰もいないことはわかっているものの、念のため、物音を立てないようそっと歩いた。手の震えは懐中電灯に伝わり、光線は覚束なく床を照らしていた。

事業企画部のデスクでは、一日の業務を終えたパソコンがずらりと並んでいた。まだ少し熱を持っているもの、もう冷たいもの。坂巻は毎日パソコンをいじっているせいか、感覚でその違いが何となくわかる気がした。

さっさと終わらせよう。彼はそんな思いでスマホを取り出し、社内で共有されているスプレッドシートを開いた。そこには週末の社内コンペで発表する資料の進捗一覧が載っていた。ざっと見ると、同僚の8割ほどが『完了』にチェックを入れていた。やはり今日がベストタイミングだったようだ。坂巻はそう確信し、ほのかに口元を緩めた。そして片っ端からパソコンを起動し、プリントアウトしておいた紙を見てパスワードを入力していった。PCへのログインが完了すると、USBを差し込み、その中に次々と企画書データを放り込んだ。こうして有能な社員の企画は、坂巻の手に落ちていった。

まさか優等生として学生時代を過ごしてきた自分が、社会人になってこんな悪事に手を染めるとは……。しかし期待に答えるしかないのだ。いちど企画が評価されてしまった以上、昔よりハードルは上がり、クリエイティブに対する責任感は増している。何としても結果を出さないといけない。坂巻はそう思い込んでいた。

 ◇

異変が起きたのは、最後のパソコンに差し掛かった時だった。

『またお前か』

男の声がした。低く、大きな声だった。坂巻は驚き、気配を殺した。そしてゆっくりと声の方を照らした。

「誰かいるのか?」

彼はそう言って、耳を済ました。しかし数十秒が過ぎても、何の返答もなかった。

早く終われ。データの移行が完了したら、会社を出られるんだから。坂巻がそう思い、イラつきながら椅子から立ち上がった時だった。

『こんなことして恥ずかしくないんか?』

再び声が聞こえた。

やっぱり誰かいる……。

坂巻は慌てて四方八方に懐中電灯を向けた。あたふたする彼の物音が、静寂の中でこだました。そのときパソコン画面の光が濃くなり、移行完了を示す英字が現れた。よし、終わった、早く出よう。坂巻はUSBを抜き取ってパソコンの電源を切り、一目散にドアの方へと走った。

『ええかげんにせえよ』

大きな声が響いた。それと同時に坂巻は何かに躓き、床に転げた。

「くそ!」

坂巻が上半身を起こし、懐中電灯であたりを照らすと、冷蔵庫のコードが横たわっていた。これに引っかかったのか……。

「誰だ!? 出てこい」
『お前、またデータ盗むんか?』
「藤原? 本城? 誰だ!」
『いつも見てるぞ、泥棒!』

坂巻は徐々に自分が青ざめていくのがわかった。会社の誰かに自分の悪事がバレている……。

社内コンペのたびに企画を盗んで評価を上げた。このままいけば最年少で事業部長になれる日も近い。しかしアイデアを盗んでいることが広まっては、計画は水の泡。積み上げてきた信用は徳政令のように消えて無くなってしまう……。それは避けたい……。

坂巻がそんな事を考えていると、人をからかうような三拍子が聞こえてきた。

『ど、ろ、ぼう。ど、ろ、ぼう』

坂巻は立ち上がり、再びライトであたりを照らした。しかし人影を見つけることは出来なかった。

『ど、ろ、ぼう。ど、ろ、ぼう』
『ど、ろ、ぼう。ど、ろ、ぼう』
『ど、ろ、ぼう。ど、ろ、ぼう』

声はフロアに響き続けた。

「いいから出てこいよ!」
『隠れてへんがな。電気つけえや泥棒!』
「そ、それは……」
『この時間に会社の電気ついてたらおかしいか? 悪いことしてないなら、堂々としたらええねん』

坂巻が思ったより、声の位置は近かった。あたりを照らすと、再び横たわる冷蔵庫のコードを発見した。彼はライトで配線を辿った。そこで目にしたのは、“手”だった。誰かがコードを握っている……。坂巻は躓いたのではなく躓かされたのだと理解した。

坂巻は恐る恐る近づき、手を掴んだ。少し冷たいが、間違いなく人間のものだった。誰だ、姿を見せろ。坂巻はそう思いながら思いきり引っ張ってみたが、びくともしなかった。

今度は反対に手をさかのぼる。

肘。
二の腕。
肩。

え?
 
肩がコピー機に繋がって……?

坂巻の脳内をハテナが駆け抜けた瞬間だった。

コピー機から両手両足が生え、のそりと立ち上がったのだ。坂巻は尻もちを付いて言葉を失った。

『まあ喋ろうや、泥棒さん』

コピー機は歩きながら、そう続けた。

『ええか、世の中にはええコピーと悪いコピーがあるんや。お前が今までやってきたのは悪いコピーや。丸パクリやからな。罪悪感とかモラルとかプライドとか、どうなってんねん』

坂巻は呆然としながら、歩くコピー機を懐中電灯で追った。

『ええコピーっていうのは、許可を得てアレンジを加えたり、過去のものを参考にしたり、有名な作品のオマージュだったり、そういうやつや』

コピー機はそう言うと、上から3番目の引き出しを限界まで開けた。

『おい、はよせえ〜〜』

ポカンと口を開ける坂巻に向かって、コピー機はさらに声を荒げた。

『何ちゅう顔しとんねん。わしがここを開けたら補充や。A4が切れとんねん。他のトレーは用紙パンパンに詰まっとるのに、一つだけカラやったら気持ち悪いやろ』

坂巻は体を動かすことが出来なかった。

コピー機は、さらに続けた。

『あのな、わしが動き回っとることが信じられへんかもしれへんけど、これ、現実やねん。まずは目の前のことを速攻受け入れるのが、上手く行く奴の鉄則やで。速攻ってのがポイントや、ソッコーソッコー』

誰がこんな風にコピー機を改造したんだ。凄すぎる。人間の言葉を完全に理解し、使いこなしている。しかも関西弁を。AIを搭載し、データ解析が早くなったところで、こんな風に出力することは出来ないはずだ。コピー機の中に誰か入っているのだろうか? 

坂巻は顔の表情を動かさないまま、そんな事を考えていた。

『ええ加減やめてくれへんかな、ライト。眩しいわ』

坂巻はそう言われ、少し光線を反らした。その瞬間だった。まばゆい閃光が彼の体を照らした。コピー機は用紙を挟む部分を上げ、強烈な光を使って坂巻を照らしていた。

「うわっ!」

『なっ? こんな事されたらお前も眩しいやろ? されて嫌なことはしたらあかんねん。とりあえず用紙補充してくれ。話はそれからや』

どうやらコピー機と、ちゃんと喋らないといけなそうだな。坂巻は眩んだ目をこすりながら、そう悟った。

 ◇

『ありがとう、ちょうど腹八分目。ええバランスや』

用紙を補充されて機嫌が良くなったのか、コピー機は先ほどより柔らかい口調で続けた。

『で、何でこんなことしてるんや?』
「こんなことって?」
『またトボけて。企画泥棒やん』
「そんなことしてねえよ」
『嘘はあかんで。これで4回目やんか。ワシこのオフィスが棲家やねんから、知ってんねん。お前がわざと同僚とほぼ同じ企画を発表して、共同開発者として名前を滑り込ませてるの』

坂巻は黙っていた。

『1回目はデジタル箪笥。棚の中の服をAIが解析して、Googleカレンダーからその日の予定を読み取り、TPOに合わせた服を選んでくれるサービス。あれ、小西のアイデアやん』

坂巻が新卒で入社して、2年目のことだった。デジタル箪笥は実際に販売され、会社に大きな利益をもたらした。社内で名前が知られるようになったのは、この商品のおかげだった。

『2つ目は、たこ焼き器2.0やな。中林が3日寝ずに考えた商品や』

これは社内では、坂巻と中林のコラボアイデアとして知られている。アプリとたこ焼き器を連動させ、スワイプするとタコ焼きが回る。もちろんカロリー計算も自動で出来る。極め付けは製品の底に小さいルンバが付いており、テーブル上に飛び散った青のりや鰹節を瞬時に掃除してくれることだった。

これも実際に販売され、大学生やファミリー層中心に売り上げを伸ばした。何より社長を喜ばせたのは、会社が遊びゴコロある企業として社会に認知されたことだった。様々なイベントから声がかかるようになり、坂巻はクリエイターとして登壇も経験した。

『ほんで3つ目が……』

「ゴロゴロDOだ!」

坂巻は自信満々に答えた。

『ふん。藤原から盗んだアイデアのくせに。藤原にはプレゼン前日に下剤飲ませてたな』

それは坂巻最大のヒット作で、日本中の怠け者に衝撃を与えた。ベッドに寝ている状態で、天井にディスプレイ、お腹にキーボードを投影し、寝ながらのパソコン操作を可能にするものだった。

朝起きてリモコンでディスプレイを付けると、そのまま仕事ができる。これにより会議・マーケティング・インサイドセールス・プログラミングの全てを、ベッドで済ますものが続出した。食事をUverEatsで頼むと、家から一歩も出ずに1日を終えられる。それどころか、トイレと食事以外はベッドから起き上がらず、一日の歩行が100歩以下のビジネスマンが多く現れ、社会現象となった。

この技術はデジタル先進国へ輸出され、北欧では国会もゴロゴロDOで行うようになった。坂巻の会社はこうして海外への販路を獲得し、メガベンチャーと呼ばれるようになったのだ。

ちなみに社内にも怠け者は多かったが、社長がゴロゴロDO禁止令を出したため出社義務があった。

「売れたんだからいいじゃないか」

『わしはどうかと思うで。社会を便利に進化させるんがIT企業の責任やと思うけど、人間が退化してもうとるやんか。やっぱり人間あっての社会やで。病気で入院しとる人が使うんはええと思うけどな、健康な人間が『ゴロゴロDO』したらあかんわ。そりゃ会社的には売りたいよな、利益を追求すんのが正義やから。でも人が健康的に生きて、働いて、覇気ある毎日を送るんもまた正義やと思うねん』

坂巻はコピー機の話を聞いているふりをしながら、壁の方へと近づいていった。

『正義対正義や。その場合はモラル的に共感を得やすい方が勝つねん。それが世の常やわな。お前もお前で、企画を盗んででも出世するんが正義と思ってるんやろ? でも誰も共感してくれへんと思うで』

坂巻は、壁に刺さってあるコンセントを握りしめた。

コピー機もすぐさまそれに気が付いた。

『それはやめましょうや。餓死しますやん、電気抜いたら』
「うるせえんだよ。パクリとか人間とかモラルとか、機械が御託を並べるな」

坂巻はコンセントを握ったまま、声を張り上げた。

「お前がどういう原理で動いてて、どういう経緯でここにいて、なぜ俺を止めようとするか知らないけど、俺にお前は必要ねえんだよ」

『わかった、ガミガミ言ってすまん。でも抜くのはやめましょうや』
「やめない」
『やめよう』
「いやだ」
『ピンチになるのはお前やで』

坂巻は、予想もしない一言に耳を疑った。

「は? 俺のどこがピンチなんだよ」
『このままパクリ人生を送るのか、それとも改心してオリジナルで勝負すんのか。今日が分水嶺や』
「うるせえー!!」

坂巻は勢いよくコンセントを抜いた。コピー機からは瞬時に光が消え、フロアでは坂巻の持つ懐中電灯だけが光っていた。

静寂が訪れた。坂巻は慌ててカバンを肩にかけ、走り、エレベーターのボタンを押して到着を待った。

チン。

待ちに待った音がした。やっと帰れる。坂巻がそう思い、エレベーターに足を一歩踏み入れた時だった。

『おもろいな〜。電気で動いとるわけないやん、手足が』

坂巻が振り返ると、コピー機が仁王立ちしていた。

『騙してごめんやで』

コピー機はそう言って坂巻の手を取り、半身だけエレベーターに乗り込んだ体を引きずり出した。

 ◇

『みんな、夜遅くまで残って必死で考えてんねんで。アイデアに価値が生まれるかわからんけど、その努力は本物や。簡単に盗んだらいかん』

デスクに腰をかけたコピー機が言った。

「お前だって、いつも丸パクリしてるじゃないか」

『あのな、ワシは“コピー”が仕事やねん。丸パクリしか求められてないねん。原本と違うもん出て来たら嫌やろ? うらやましいねんで、人間が。自由に作品作れて。ワシが作るもんは作品やなくて、ただの成果物やから。オーダー通りに作らなあかんねん』

当たり前だろ。坂巻はそう思ったが黙っていた。

コピー機はデスクから降りて自分でコンセントを挿した。すると稼働音が鳴り、紙が一枚印刷された。

『ワシ、一度コピーしたもんは覚えてんねん。バックアップっちゅうやつやな』

【納品書】

紙にはそう書かれていた。

『防犯カメラや。役員の間で、お前が企画パクっとることは話題になっとる。だから言うてやってんねん』
「そんな……」
『悪いこと言わんから、ワシの言うこと聞いとき。お前に忠告してやれるんも、今が最初で最後やから』
「え?」
『ワシ、売られんねん。WiFiも付いてないコピー機は時代に合わんのやと。来週には新しい奴が来るみたいや』

コピー機はそう言うと、もう一枚紙を印刷した。今度は『発注書』と書かれていた。

『どんどんペーパーレスになって、コピーする機会も減ってきとるわ。データなら“ctrl+C”で済むもんな。便利な世の中やで』

「お前、凹んでるのか?」

『いやいや。20年も置いてくれたし、ようけ使ってくれたし、ボロボロやし、満足しとるよ。それに、そういう日が来るんは、わかってたことやから』

コピー機はそう言って、黄ばんだボディを摩った。

『お前一回、自分の履歴書コピーしたやろ? 覚えてんで、ええ大学出てんの。頭ええんやから、ある程度は自分で企画作れるやろ?』

「わからない……」

『やってみいや。週末のプレゼンにはまだ間に合うし。ええか? 今日見たことは忘れろ。人の企画、そのままパクったらあかん』

「も、模写も大事だろ?」

『模写をコンテストに出したらあかんやろ。魚もらってもあかん、釣り方を身につけんと。それにお前はもう身についてるはずや。お前で勝負してみい。失敗してもええんやから。プライド持つなら失敗せえへん自分じゃなく、作品に持てよ』

失敗してもいい……。
失敗してもいいのか?

坂巻がそんな言葉をかけられたのは初めてだった。勉強して有名大学に入り、成績も優秀なまま卒業した。就活では大手にも受かったが、敢えてベンチャーに来た。そこで学歴は関係ないことを思い知らされた。情報処理には滅法強いが、クリエイティブは全くダメだった。思い描いてたのと裏腹な未来。だが失敗は許されない。何より自分が嫌だ。坂巻は何としても『3年以内に事業部長になる』という計画を達成したかった。

そんな思いが募り、初めて会社に忍び込んだ。

はあ……。
あの日から全てが狂っていったんだ……。

「変われるかな?」
『変われるに決まってるやん、いつからでも』

坂巻はコピー機がそう言い終わるのを待たずに、USBを踏みつけた。

 ◇

プレゼンではコピー機に届けという想いで、いつもより声を張った。いや、自然と声が出た。

今までの坂巻は、人が作ったものを、原稿を読みながら発表していた。今回は原稿を見ずとも、スラスラ言葉が出て来た。そんな経験は彼にとって初めてだった。ランナーズハイのようなものを感じていた。熱量。魂。アツイ想い。それは自分で生み出したものだからこそ、乗って来るもの。坂巻の圧巻のプレゼンは、会場に拍手を巻き起こした。

しかし、会場の熱狂をかき消すほど冷静な声が響いた。

「それ、サイバイエージェントがもうリリースしてるよ」

声の主はマーケティングの最高責任者だった。

坂巻は三日三晩、徹夜で企画を考えた。彼なりに納得行くものが完成したが、評価されるかどうかはわからなかった。

結果は、完全なリサーチ不足だった。
期待されていた坂巻の不発に、会場はどよめいた。

「君らしくないね、リサーチ不足とは」
「すみません!完全に調査不足でした!勉強します!」

坂巻のさっぱりした態度とお辞儀に、会場からは再び拍手が送られた。

その瞬間だった。会場にガッシャーーーンと、大きな音が響き、全員が後ろを振り返った。そこには全トレーから紙を、身体中からインクを吹き出したコピー機があった。

坂巻にはそれが涙に見えた。

 ◇

月曜日、坂巻は誰よりも早く会社に姿を見せた。

『プレゼン、感動したわ』
「上手くいかなかったよ。でもありがとう、コピイ君」
『コピイ君って。ワシにもちゃんと名前があんねん。CP95Dって』
「製造番号?」
『そうや』
「まあ、CPで始まるんだから、コピイ君でいいでしょ」

坂巻はそう言ってコピー機の蓋をあけ、自分の頭を挟んだ。

『何すんねん』
「忘れるなよ、俺のこと」
『やめろや。忘れたくても忘れられへんねん、バックアップあるから』

コピーされた坂巻の顔は、目をつぶりながらも笑っていた。

『あ、そうや』

コピー機はそう言って、もう一枚紙を印刷した。坂巻が手に取ると、数日前に見た防犯カメラの納品書だった。

『日付見てみ』
「え。に、2001年?」
『この前は取り乱してて気がつかんかったみたいやな。これ、工場での試し刷りやねん』
「え? じゃあ、防犯カメラを仕掛けたってのは……」
『冗談やがな〜。こっちもドキドキしてたんやで。一か八かの作戦やったんやから』
「よかった……」

坂巻は小さくそう言って、へなへなと床へ座り込んだ。

午後になると、買取業者がコピー機を回収に来た。坂巻は連れられていくコピー機を最後まで見届けたあと、晴れやかな気持ちで謝罪行脚に向かった。

作:ファビアン(あわよくば)

※このお話はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり実在のものとは関わりがありません


★お知らせ

当連載の著者ファビアンさんが、仕事旅行TV!に登場。
編集者の河尻亨一さんと「ショートショート」の魅力を語ります。

タイトル「イケメン若手芸人ファビアンは、なぜ"複業"に目覚めたのか? 仕事旅行TV! vol.2 」 

LIVE:2020年6月3日(水)19:30〜(おおよそ60分 ※アーカイブでも視聴できます)




Profile:にしき・ふぁびあん・ゆうかん
1985年、徳島県徳島市に生まれる。日本とドイツのハーフ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の芸人で、「あわよくば」というコンビで活動中。
慶應義塾大学経済学部中退。2008年吉本総合芸能学院を卒業し、2009年にデビュー。今宮子供えびす漫才コンクールで福笑い大賞を受賞。2017年、沖縄国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー映画企画部門グランプリ。この頃からショートショートの執筆を始める。


当連載のバックナンバー

あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.1:ゲーソナルコンピュータ
あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.2:脱いで脱いで脱いで
あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.3:新橋のたね(前編)
あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.3:新橋のたね(後編)
あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.4:根 
あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.5:カメラレオン


連載もの: 2020年06月01日更新

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