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2020年02月05日更新
生きていくうえで必要そうな雑貨を広く浅く揃える。「あんぱちや」は根津の太陽だー森まゆみの「谷根千ずっとあるお店」vol.21
作家の森まゆみさんによる連載。『地域雑誌 谷中・根津・千駄木』を1984年に創刊、「谷根千(やねせん)」という言葉を世に広めた人としても知られる森さんが、雑誌創刊以前からこの町に”ずーっとあるお店”にふらりと立ち寄っては店主にインタビュー。今回は生活雑貨がほとんどなんでも揃う「あんぱちや」へ。(編集部)
なんだか知らないけど、ここにずっといるんです
根津の観音通り、1本目の横丁との角に「あんぱちや」という、とにかくたくさんのモノが吊り下がっている店がある。あまりに商品が多くて、奥にいるらしい店の人もよく見えない。一度行って、ゆっくり見たいものだと思っていた。
お店を仕切るのは、もう30年以上勤めているという明るい美人、小林さん。「私はただの従業員ですよ。なんだか知らないけど、ここにずっといるんです」と笑いながら、話してくれた。
「もともとは、小石川柳町で明治27(1894)年に創業した「あんぱちや」という店がはじまりで、ここも50年近くになると思います。
『あんぱちや』という名前は、創業者が岐阜県安八郡出身だから。志知(しち)さんといって、向こうには多い名前だそうです。
ここのほかにもいくつか店舗はあって、西ヶ原の霜降橋とか、池袋とか。前はもっといっぱいあったんですけどね。霜降銀座商店街にある店は根津よりも古いです。お店の歴史は、霜降橋の専務のほうが詳しいと思います」
――「あんぱちや」って勢いがあっていい名前ですね。
「そう思います。元はというと、着物を着る時代の半襟とか、帯揚げとか、腰紐とか、襦袢、かんざしとか売っていた。そういう店を小間物屋と言いました。もう着物を着る人が少ないから、今は食器や調理道具、お風呂まわり、トイレまわり、化粧品や洗剤などを売る雑貨屋ですね。
いまも糸や簡単な手芸道具といった小間物は置いています。あとは、おばあちゃんの髪用のネットとか。そういうのは他で売ってないから。
――へーえ。品数が多いですね。
ジャンルが広いんですよね。食べるものは置いてないけど、生きていくうえで必要そうなものを、広く浅く揃えています。
――種類がたくさんあるけど、きれいに並んでいるから、わかりやすいですね。
「見やすいでしょ? って、お客さんもそう思ってくれてるかはわからないですけど(笑)。こんなにごちゃごちゃしてますけど、一応ジャンルごとに分かれていますから」
商品名と価格の書かれた札は、小林さんの手書きだという。
――そこにさらしがありますね。まさかヤクザみたいに腹に巻いたりとか?
「さらしはね、結構、料理屋さんが買っていきますよ。生ものを包んで発酵させたり、いろいろ使い道があるんでしょうね」
――最初のお客さんは乾電池を買っていきましたね。あら、トイレロールでなく、ふわふわの平ちり(平らなちり紙)。これもいまだに売れるんですか?
「そう思うでしょ? でもね、おじいちゃんやおばあちゃんとか、片手で取って使えるので、逆にこちらのほうが楽なんですって。ロール紙だと両手で引っ張ったり切ったりしないと使えないから。あと、ペット用としての需要もあるんです。犬の散歩の時にこれでとる。あるいは敷いてそこにうんちさせれば、トイレで流せて、便利でしょう」
――なーるほど。新聞紙じゃ流せないものね。次のお客さんは洗い桶を買っていかれました。
うわあ、「ももの花ハンドクリーム」がある。懐かしいねえ。それに「ヘチマコロン」も。こういう昔風の化粧品は添加物が少なく、より自然なのよね。お、「徳田のあせ知らず」! これ、私も買っていこう。谷中清水町にあった徳田商店でつくっていたんですよね。あせもにならないパウダー。
「これはそれこそ、さらしの袋に入っているんですよ。パンパンとはたくと、ベビーパウダーより長持ちするの」
お客さんたちがここでしゃべってすっきりして、ルンルン帰ってゆかれます
そこへ次のお客さんがやってきた。「デッキブラシありますか?」
「ありますよ、あちらに」
――掃除用具とかもよく売れるんですね。あとは最近、爆発的に売れたものは?
「この間の台風のときには、やっぱり養生テープとか、あっという間に売れましたね。あとは乾電池、懐中電灯、ガスボンベとか。品薄になったものは、それぞれの問屋さんごとに決まった曜日にFAXで注文します」
――あら、インターネットじゃないのね。牛乳石鹸、柿渋石鹸……なんだか懐かしいなあ。
「柿渋は私も使っていますよ。消臭効果もあって、子供の足を洗ったりするのにもいいんです。こちらの黒砂糖の石鹸は、洗った後に肌がしっとりします。長く使ってらっしゃる方も多いので、一度使ってみてください」
――昔はタオルとか石鹸は買ったことなかったわね。
「みなさん、そうおっしゃいます。お年賀にタオルや石鹸の詰め合わせを配る企業も少なくなりました。もらいもん、ってもうないんです。お中元やお歳暮の習慣も薄れたし」
――あ、そうそう、あれがほしいんだった! 洗濯物を干すときの、洗濯バサミがジャラジャラついている……
「角ハンガーね。あっちにあります」
――これ、買っていこう。10年も使ってるもんで、日光に照らされて、洗濯ハサミがみんなボロボロになっちゃって。
「えっ!10年も、それは使いすぎですよ。元とったでしょ」
――亀の子だわしも種類がたくさん。あら、ヘチマも。これで体をこすったら気持ちよさそう。
「へちまは天然もので、大きさがいろいろあるから、そのぐらいの大きさのほうがいいかもしれないですね。青竹踏みもありますよ。テレビでやって、一時ブームになって、すごかったんですよ」
――いま、外国人の方ものぞいていきましたよ。
「外国からのお客さんも多いですよ。だいたいはキッチン用品ですよね。お茶碗とか、お箸とか、のりまき用のまきすとかが人気です。「すしロール!」なんて言って(笑)。英語、不得意なので、私は日本語しかしゃべらないですけど、意外に困らないですね。自分も歳をとって図々しくなっているのもあるし、『これ、ないですか?』と今はスマホで写真を見せてくれるから、用が足ります」
――ここに1日いると、いろんなお客さんがいろんなものを買っていって、面白いですね。結構、買い物に来ておしゃべりしていくお客さんも多いでしょう。
「そうですね。椅子が4、5脚、置いてあるので、お客さんたちが適当に座って、しゃべってゆかれます。みなさん、ここでちょっと吐き出してすっきりして、ルンルン帰ってゆかれる。
私はこの店にしかいなくて、他所でしゃべって歩くわけじゃないから、安心してしゃべってくださるのかな。「あら~、そうなの?」みたいな感じで聞いているし、向こうもしゃべりやすい、っていうのはあるかもしれないですね」
――そうそう、根津って噂が走りますものね。本当に、人間に興味があるというか、情が濃いというか、おせっかいというか。
「ただ、80〜90代の方は昼間デイサービスに行ってしまい、いま町に残っているのは70代の方が多いですね。客層は今は割と広くて、子供連れの若いお母さんたちも見えます」
そこへ「名前がわからないんですけど、路上に敷くグリーンのシート、ありませんか」と学生さん。
「路上にシートを敷くの? 道路の無断使用はダメよ」と純子さん。「グリーンはないわ。ブルーならあるけど」
「たまに藝大とか東大の学生が変わったものを買っていきますね。アートの素材なんでしょうか」
お年寄りのカップル、ほっそりしたおばあちゃんはジーパンを履いて、「ガムテープ、ありませんか?」
――いいですねえ。あんなふうに長く連れ添えたら。
「ええ。でも歳をとるって、なかなか難しいですよ」
ポリシーとして根津の町はうろつきません
――30何年やっていらして、根津の町も変わりましたか?
「変わりましたね。ここも商店街(観音通り商店街)でしたもの。あの頃から残っているのは、うちだけですね」
――お風呂屋さんもなくなったし、前の吉野寿司さんも閉店して、空き地になりましたね。
「そうなんです。でも、私は行ったことなかったもので。この辺はお昼を食べるところもないし、店も空けられないので、お弁当を持ってきています。私のポリシーとしてこの辺りは一切うろつきません。余計な動きをすると、余計な尾ひれがつきますから」
なんて賢い人だろう。小林さんはきっちり根津という町との距離をとりつつ、町の人の悩みを聞き続けてきた。根津の町の太陽のような人だと思う。
今日、私が買った物。柿渋石鹸、洗濯バサミ付き物干し、ヘチマ、亀の子だわし、ヘチマコロン、ももの花ハンドクリーム、新徳田のあせ知らず、シミ隠し、台所の排水口の蓋、しめて7623円なり。
取材・文:森まゆみ
当連載のアーカイブーSince 2018ー
森まゆみの「谷根千ずっとあるお店」vol.1ー創業67年。町中華の「オトメ」はだれでもふつうに扱ってくれるー
森まゆみの「谷根千ずっとあるお店」vol.2ーモンデール元駐日米大使も通った根津のたいやき
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森まゆみの「谷根千ずっとあるお店」vol.4ー若い二人が引き継いだ「BAR 天井桟敷の人々」には悲喜こもごもの物語がある
森まゆみの「谷根千ずっとあるお店」vol.5ー中華料理「BIKA(美華)」のご主人がポツリと話す根津宮永町の昔話
森まゆみの「谷根千ずっとあるお店」vol.6ー鉄道員から役者、そして寿司屋へ。すし乃池の大将の人生には花と町がある
森まゆみの「谷根千ずっとあるお店」vol.7ー5代続く骨董店「大久保美術」の心やさしい、ゆとりのある家族経営
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Profile:もり・まゆみ 1954年、文京区動坂に生まれる。作家。早稲田大学政経学部卒業。1984年に地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を創刊、2009年の終刊まで編集人をつとめた。このエリアの頭文字をとった「谷根千」という呼び方は、この雑誌から広まったものである。雑誌『谷根千』を終えたあとは、街で若い人と遊んでいる。時々「さすらいのママ」として地域内でバーを開くことも。著書に『鷗外の坂』『子規の音』『お隣りのイスラーム』『「五足の靴」をゆく--明治の修学旅行』『東京老舗ごはん』ほか多数。
谷中・根津・千駄木に住みあうことの楽しさと責任をわけあい町の問題を考えていくサイト「谷根千ねっと」はコチラ→
http://www.yanesen.net/
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