書籍『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた――あなたがあなたらしくいられるための29問』(明石書店)が話題になっている。出版したのは、一橋大学でジェンダーを研究する学生たち。執筆の背景や本書に込めた思いを聞いた。
インタビュイー:一橋大学大学院社会学研究科修士1年・前之園和喜さん、同1年・児玉谷レミさん、同2年・山本美里さん、一橋大学大学院社会学研究科教授・佐藤文香先生
私が、ジェンダーを学ぶ理由
ジェンダー研究のきっかけとはどのようなものなのだろうか? 著者の一人である前之園和喜さん(一橋大学大学院社会学研究科修士1年)はこう語る。
「僕は小学校のときから『男らしくない』『女々しい』と周りから言われて育ってきました。ドッジボールが嫌いで、教室で折り紙をするような子どもだったんです。中学では吹奏楽部に入ったのですが、女子ばかりの部活に入ったことについて、周りからとやかく言われました。単なるからかいではないんです。『男らしくない』『女々しい』という言葉には、侮辱的なニュアンスがあることをずっと感じてきました」
高校生になり、公民の授業でジェンダーの概念を知った前之園さんは、「『男らしさや女らしさは誰もが追いかけるべきものではなく、作られたものに過ぎない』ことを知って、救われた気持ちになった」と当時を振り返る。この出来事がきっかけで、大学でジェンダーを学びたいと思うようになった。
周囲から「男らしさ」を強いられているように感じてきた前之園さんとは反対に、「女らしさ」が強制されることへの違和感を持ってきたのは、同じく著者の一人である山本美里さん(同研究科修士2年)。日本がジェンダー後進国であることを知り、ジェンダー研究に興味を持ったという山本さんは、子どもの頃の出来事について次のように話す。
「私は前之園さんとは逆で、ドッジボールが大好きでした。でも、どうしても女子の遊びについていけなくて…。女の子らしい遊びをしないといけないとか、可愛くないといけないとか、知らないうちに女性という土俵に乗せられてしまっているのはどうしてなんだろう? と疑問に思っていました」
ジェンダーを学ぼうとすると、必ず目にすることになるのが、フェミニズムなどに対するネット上でのバッシングだ。児玉谷レミさん(同研究科修士1年)は、ジェンダー研究に魅力を感じながらも、専攻することには躊躇もあった。「一時は別の道に進もう」と考えたが、「私が今まで理不尽だと思ったことに対して真正面から取り組める学問はこれしかない」と気づき、専門的に学ぶことを決意した。
三者三様の動機があるが、前之園さん、山本さん、児玉谷さんさんはそれぞれ、人生のどこかの段階で、「男らしさ」「女らしさ」が押し付けられることに違和感を持ったこと、それによって理不尽な思いを少なからずしてきたことが、研究のモチベーションになっていた。
周囲から投げかけられる「ジェンダーに関する疑問」に応えたい
この本の前書きには、「収録された29の質問は実際にわたしたちが投げかけられてきた問いです」とある。著者の学生たちは、日頃からジェンダーに関する質問をされてきたのだろうか?
前之園さんは言う。
「質問は頻繁にされました。『女性専用車って逆差別じゃない?』とか、『性暴力って被害者に落ち度ないの?』とか、日頃疑問に思っていることを友人が何気なく質問してくれたんです」
ジェンダーに関心を持ってくれていることは嬉しい一方で、身近な疑問ほどその場で答えるのは難しかったそう。
ゼミの仲間たちに聞いてみたところ、自分と似た体験をしている人が多かった。『あの質問にはどう答えればよかったんだろう?』といった話も出た。
そんな学生たちを見て、ゼミ教員の佐藤文香先生は思うところがあったと語る。
「周囲からのジェンダーに対する疑問に、学生が思うように返答できず悩む。これは、毎年新しいゼミ生が入るたびに繰り返されることでもあるんです。そこで『いっそのこと想定問答集を作ったらどうだろう?』と考えたんです。『いままでに問われたクエスチョンを集めて、みんなでグッド・アンサーを考えて、後輩たちに引き継いでいったら?』って彼らに提案しました」
佐藤先生の提案で始まった想定問答集づくり。「研究を始めたばかりの学生が執筆するからこそ、ジェンダーの初学者にもわかりやすい内容にできるはず」。学生たちはそんな思いから、出版を目指して本格的な制作に取りかかった。
児玉谷さんは、この本に書かれたアンサーが「唯一絶対の解」という態度を取らないことに配慮したと話す。
「”ただ一つ”の答えを提示するのではなく、ジェンダーについて考える材料を提供したい。あくまで、議論のきっかけとして使用してほしいという思いがありました」
そのため本書は、誰もが一度は考えたことのあるような問いで構成されている。その上で答えには、奥行きと幅を持たせた。
各クエスチョンに対して、アンサーは<ホップ><ステップ><ジャンプ>の3部構成となっており、初学者から上級者まで、様々な層へのアプローチが意図されている。
一例として、書籍の中で実際に取り上げられているQ&Aを一つご紹介したい。
『専業主婦になりたい人もいるよね?』というクエスチョンと、それに対するアンサーだ。この質問の裏にあるのは、
「自分でなりたくて専業主婦になったんだから、そのデメリットについてとやかく言うのはどうなの?」という世間の本音だ。
これに対し、本書ではホップ(第1段)のアンサーとして、まず次のように回答する。
「重要なことは個々人が性別にとらわれず、自由に生きられる社会の実現です。専業主婦になることも選択肢のひとつではありますが、ケア役割の価値が低いものとされており、それが女性という性別に結びつけられていることに注意しなければなりません」
そしてステップ(第2段)のアンサーではさらに議論を深め、「専業主婦になりたい」と考える女性が生まれる社会的背景について、大きく3つの理由を挙げて分析している。
①男性のほうが正規雇用採用の可能性が高い社会では、正規雇用の地位を得た男性を配偶者とし、専業主婦になるという選択肢が生まれる。
②セクハラ・マタハラが横行する男性中心主義的な職場では、働くことが魅力的に感じられない。
③家事や育児が女性側の負担に偏りがちな現状では、労働と家事・育児という二重の負担を背負うことになるため、専業主婦になったほうが「合理的」と考える妥当性がある。
さらにジャンプ(第3段)では、専業主婦の問題点として、主に以下の2つを指摘する。
一つは、専業主婦とみなされている女性たちの多くは、実際には家事を担いつつ非正規労働にも従事しているため、決して「働かなくて楽」とは言えないこと。もう一つは、経済的に夫に「依存」していること。
そして、社会学者アン・オークレーの文献を引用した上で、
「専業主婦を個人の選択と片づけるのではなく、そこに性差別や権力の非対称性がないか、そのありかたをつねに問う必要があるのです」と締めくくっている。
ここまで読み進めると、書名に謳われている「真剣に考えてみた」が、本気だということがわかる。そして「本人がなりたくてなったのだから、専業主婦はそのデメリットについてとやかく言うな」という発言が、いかに視野が狭いかもわかる。自ら専業主婦を選択する人がいたとしても、ジェンダーが絡む問題は社会全体で取り組むべき課題なのだ。
ジェンダー後進国の日本で、”自分らしい”はたらき方を見つけるために
学生たちの話を聞いて、ジェンダーへの世の中の関心は確かに高まっているが、必ずしも理解が深まっているわけではないと感じた。
各国のジェンダーをめぐる状況をはかる数値『ジェンダー・ギャップ指数』をご存知だろうか。日本は何と149か国中110位(2018年)とG7中最下位。
日本は紛れもなくジェンダー後進国なのだ。#KuToo運動に前厚生労働相が否定的な見解を述べたことも記憶に新しい。
山本さんは、友人が職場で経験した出来事について、次のように話す。
「ある男性社員が、女性社員が泣いたのを見て『女はすぐ泣くから』という発言をしたそうです。他にも泣いてしまう女性社員が多くいたならまだしも、その職場で泣いた女性は1人だけ。おかしいですよね」
たしかに、性別によって傾向の違いはあるかもしれない。でも「性別で一般化する前に、個別の事象に向きあった方が、正確にものごとを理解できるはず」と山本さんは強調する。
また、ある大手金融機関に勤める筆者の知人男性は、子供が生まれたため在宅勤務制度を活用したいと上司に申し出た。ところが、
「男性で在宅勤務を利用している人なんて聞いたことがない。出世できなくなってしまうから、とても認めることはできない」と言われたそうだ。
日本には、「女はこういうもの」「男はこういうもの」というジェンダーバイアスが根強い職場が相変わらず存在する。
多くの人はそのバイアスに、大きな不都合や不自由を感じず働けているかもしれない。それは自分とは関係ない遠い世界の話だと思うかもしれない。しかし、ここで紹介した知人男性のように、そうと明確に意識しないまま、職場のジェンダーバイアスが"自分らしく働くこと"を妨げているケースも実は意外と多いのだ。
「男らしさ」にも「女らしさ」にもとらわれない、”あなたらしい”働き方を手に入れるためのヒントが、ジェンダー学習にあるのでは? 本書の著者たちの話を聞いてそう感じた。「そんなの関係ない」と思う人も、一度は"真剣に"考えてみてもよいのではないだろうか。
■書籍『ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた――あなたがあなたらしくいられるための29問』
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(取材・文、写真:一本麻衣)
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