「大人の学びを科学する」をテーマに人材開発研究をしている中原淳さん(東京大学准教授)に、仕事旅行社代表の田中翼がインタビューするスペシャル企画の後編です。
前編はコチラ→
働き方改革の本質は“昭和的働き方”のアンインストールー「大人の学び」を科学する中原淳さんに聞く(前編)
「人生100年」と言われる時代。なぜ「大人の学び」が必要なのか? 後編ではさらに根っこりうかがってみます。
ケガレがちな現代社会に「大人の学び」を
田中翼(以下:田中):働き方をめぐるトピックが目まぐるしく変わっていく中、目先の流行りにごまかされず、でも変化には対応できるように学び続けるのは大事なんだ! と、中原先生のお話聞いてて改めて感じました。
そこでぶっちゃけご質問してみたいんですけど、僕らがやってる仕事旅行というのも、一種の「大人の学び」ではあると思っていまして。先生から見ると、これってどうなんですかね?
中原 淳氏(以下:中原):仕事旅行の「旅行」っていうメタファーは「非日常」っていう意味ですよね? 普段会社勤めをされている方が「他人の仕事を覗いてみる」というのは、いわゆる”日常倒錯”の現象が起こって面白いだろうな、と思いますね。
誰にでもありません? 生まれ変わったらこんな仕事やってみたい的な仕事って。それが1日だけ体験できるのって、結構いいなと思いますよ。
僕なら「翼の王国」(ANA機内誌)のライターをやってみたいですね。ゆったりした旅の経験を人に共有できたら素晴らしいだろうなと。まあ、今はゆったりとした旅そのものができない状況ではあるんですが(笑)。
田中:そんな仕事旅行も作ってみたいですね。ただ、仕事旅行をやっていて思うのは、そういった非日常の体験ができる旅だけじゃなく、今の仕事に役立つスキルを得られるタイプの旅も結構人気あったりするんです。僕らは「エンタメ型」と「ラーニング型」という風に分けているんですが。
中原:後者は「日常倒錯」とはちょっと異なるのかもしれませんね。でも、やっぱり大事なんですよ、非日常体験って。
「気枯れ(ケガレ)」って言葉がありますよね? 「同じ日常がずっと続くと、気持ちが枯れて行く」という意味で、それが転じて「穢れ」になっていくわけですけど、人はどこかでそれをリフレッシュする必要があるんです。それで古来どんな社会にも日常倒錯的なハレの日というものがあって、枯れてしまった“気”を再び満たす。それが「祭り」というものです。
日本もそうだし、ヨーロッパ中世のカーニバルなんてすごかったみたいですね。仮面を被って、王様と奴隷の立場が入れ替わったり。
田中:平社員が1日社長になるようなものなんですかね? 言われてみると僕らのやっていることは、「仕事」というフィールドの上でハレの日を作ってるようなものなのかも。
ストレスを発散するイベント自体は世の中にいっぱいありますけど、話が「仕事」となると、なぜかひたすら「"ケのまま"やり続けなさい」みたいな風潮って強いと思うんです。つまり仕事と娯楽はあくまで別物なんですよね。でも、個人的にはそれってどうなのかな?と。
中原:それはさっきの「昭和的働き方のアンインストール」の話とつながってくるところですね(前編)。高度成長時代は働いた分だけ景気も右肩上がりだったので、ある意味時代そのものが“ハレ”だったんです。
でも、今は成熟経済ですから。多少の頑張りでは、仕事から“ハレ”の喜びを得られにくくなっている。そうなると仕事にも意識的に“ハレ”を取り入れていかないと。
田中:「大人の学び」って言うと、言葉のイメージ的には“ケ”かもしれないけど、それを“ハレ”だと捉えると俄然やる気出てきますね。
中原:“ハレ”を求めるのは人間の根源的な欲求ですから、それが満たされないと気枯れちゃってだんだんゾンビ化していくんじゃないですかね。
これからの「働き方」を考えるキーワードは”隠居”と”水戸黄門”?
田中:わかります。目が死んでいきますよね。前職でもゾンビ化した人って結構多くて。でも、当時あるベンチャー企業に訪問した時、生き生きした目で働いている人たちに出会ったんです。カジュアルというかオフィスでジーンズ履いていても全然OKみたいな会社で。
で、「こういう働き方って本当にあるんだ」と衝撃を受けて、その体験をもっと色々な人にシェアしたい。そう思って作ったサービスが仕事旅行なんですけど。
中原:昭和な終身雇用の時代であれば、大学を出て入社したら基本は定年まで行けましたよね? それでも誰もが仕事で自己実現できるわけではないですから、ゾンビになりかける人が出て来つつも、高度成長のハレ気分も伴って、“陽気なゾンビ”で済んだんじゃないかなと思うんです。
でも、今後はそれも厳しくなりそうで。やはり「80年続く長い仕事人生をどう設計していくか?」を考えてみる必要はあるでしょう。国や企業も教育や研修の制度を作り変えていくことになるのでは? と思います。現状の仕組みのままだと、30代あたりから”ケガレ”が始まって、モヤモヤしたまま働く人が増えて来るので…。
中原さんの新著『働く大人のための「学び」の教科書』かんき出版 (2018年1月17日発売)
田中:モヤモヤ世代ですね。仕事旅行ユーザーでもその気持ちを抱えた人はかなり多い印象です。
中原:それが40代になると悶々としてくる。ただ、50代になると吹っ切れて逆にスッキリし始めるというか。データを取ったわけではないんですが、いろんな人にヒアリングしているとそういった傾向はありそうです。自分の加齢に応じて、いつか、そんな研究をやってみたいですね。
田中:50代になると残りの仕事人生が見えて、未来を想像しやすいのかもしれませんね。あと30年と思うとピンと来ないけど、5〜10年なら現実として捉えやすいというか。
中原:一方でその世代になると、今度は「“喪失”と向き合い始める」ことが大事になってきます。人生を山登りに例えると、20~30代は社会人としてのキャリアや人脈を形成しながら山を登る「獲得」の時期。でも、山には頂上がありますからね。40~50代あたりから今度は下山のフェーズに入っていく。となると、人生100年時代って実は下山の時間の方が長いんです。
田中:確かにそっちの方が全然長いですね…。足腰に負担がかかるのは実は登山より下山だって言いますけど。
中原:まあ、必ずしも下山と捉えず、「再登山」だと考えていいと思うんですけどね。”別の峰を目指す”と考えてもいいわけなので。
その話で言うと、昔は“隠居制度”ってありましたよね? ご隠居さんなんて言うと、年取って引退してもう何もしてない人みたいなイメージですけど、実際は違ったんですよね。今で言うセカンドライフのようなもので、趣味に没頭したり、社会貢献的な仕事や事業に取り組む人が多かったそうなんです。隠居とは「引退」なのではなく「次の活躍の舞台にうつること」なんです。
田中:聞いた話だと、日本地図を作った伊能忠敬なんかもそうらしいですよね? 養子に行った家の商売で財を成し、50になって引退した後は72歳まで全国を測量しながら歩き回ったとか。
中原:水戸黄門(水戸光圀)もそうですよね。ドラマはかなり脚色されてますけど、政治の第一線を降りた後は様々な研究に力を注いだわけで。
田中:「政治家から学者に転職」みたいなことですね。そう思うと隠居制度って、実はよく練られた人生リセットの仕組みだったのかも。ひょっとしてこれからブームになるかもしれません、隠居が(笑)。
中原:「一億総活躍」の次は「一億総隠居」でしょうか?(笑)それはともかく"人生100年"ともなってくると、ひとつの仕事にとらわれることなく、人生のステージに応じて学んだり新しいことに挑戦するのは、気枯れを防ぐ意味でも、とても大事なことだと思いますね。
聞き手:田中翼
記事:寺崎倫代+銀河ライター
Profile
中原 淳(なかはら・じゅん)
東京大学 大学総合教育研究センター 准教授。東京大学大学院 学際情報学府 (兼任)。東京大学教養学部 学際情報科学科(兼任)。大阪大学博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等をへて、2006年より現職。
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。
単著(専門書)に「職場学習論」(東京大学出版会)、「経営学習論」(東京大学出版会)。一般書に「研修開発入門」「駆け出しマネジャーの成長戦略」「アルバイトパート採用育成入門」など、他共編著多数。働く大人の学びに関する公開研究会Learning barを含め、各種のワークショップをプロデュース。研究の詳細は、Blog:
NAKAHARA-LAB.NET。Twitter ID : nakaharajun
民間企業の人材育成を研究活動の中心におきつつも、近年は、最高検察庁(参与)、横浜市教育委員会など、公共領域の人材育成についても、活動を広げている。一般社団法人 経営学習研究所 代表理事、特定非営利活動法人 Educe Technologies 副代表理事、特定非営利活動法人カタリバ理事。
Interviewer
田中翼(たなか・つばさ)
1979年生まれ。神奈川県出身。米国のミズーリ州立大学を卒業後、国際基督教大学(ICU)へ編入。卒業後、資産運用会社に勤務。在職中に趣味で様々な業界への会社訪問を繰り返すうちに、その魅力の虜となる。気付きや刺激を多く得られる職場訪問を他人にも勧めたいと考え、2011年に「見知らぬ仕事、見にいこう」をテーマに仕事旅行社を設立し、代表取締役に就任する。100か所近くの仕事体験から得た「仕事観」や「仕事の魅力」について、大学や企業などで講演も手掛けている。
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