働き方をめぐる環境がめまぐるしく変わって行くーーこの時代に注目されるのが「大人の学び」です。「人生100年」とも言われますが、社会人になってからも”学び続ける”ことが、なぜ大切なのでしょうか?
そこで今回は、人材開発を始めとした“働き方”研究の第一人者・中原淳さん(東京大学准教授)に、仕事旅行社代表の田中翼がインタビュー。新春の特別企画です。
めまぐるしく移り変わる日本の「働き方」事情
田中翼(以下:田中):「人生100年時代」「働き方改革」「プレミアムフライデー」など。2017年の流行語大賞では働き方に関わる言葉が多くノミネートされました。働き方への注目度が年々高まっているように感じますが、中原先生はこの流れをどのように見られていますか?
中原淳氏(以下:中原):そうですね、働き方は昨今の人材マネジメントのブームですね。国もここをかなり重くみていると思います。ちなみに、僕はおおよそ15年くらい経営学習や人的資源開発の領域を研究してきましたが、「ネタの賞味期限」のサイクルがどんどん早くなっているように感じます。
例えば10年ほど前に、書籍『若者はなぜ3年で辞めるのか?』で話題になった“早期離職問題”や、“グローバル人材”といったテーマはそれぞれ5年ほど続きました。その後は少子化で減っていく労働生産人口に歯止めをかけるということで“女性活躍推進”が出てきて、これは3年くらい。
“働き方改革”が本格的に出てきたのが一昨年で、そこから連鎖して昨年からは「残業を減らすために職場の生産性をあげましょう!」という“生産性改革”が言われてますね。
一つのテーマを研究して解決策が出る前に次が出てくる…といいますか。研究者にとってはなかなか悩ましい(笑)。
田中:どれも聞いたことあるテーマですが、全部10年も昔の話じゃないんですね。それだけめまぐるしく移り変わっているということか…。
中原:正直もうめちゃめちゃ速いスピードで変わっていくので、ついて行くのに必死です。だけど全てのテーマをひとつひとつ深くは研究できませんから、「どのテーマを自分がやるのか?」「やるならばどんな角度からやるのか?」を見極めるのはすごく大事なところです。
田中:今話題の“生産性改革”で言うと、どうなるんでしょうね? この話って。
中原:不思議なことに今の世の中に出回っている生産性改革の議論って、どこにも「職場の生産性が何なのか?」という大前提の定義がされていないんですね。
本来「職場の生産性」なんてどこにでも当てはめられる尺度なんて実はなくて、それぞれの職場によって数式は臨機応変に変えないといけないはず。ところが、実際は「職場の生産性をあげましょう=労働時間を短縮して成果をあげましょう」という議論が大半で、今の生産性改革の解決策は「時短」や「タイムマネジメント術」がほとんどです。
インタビュー中の風景
“昭和的働き方"をアンインストールしないと
田中:なるほど、確かに「生産性ってそもそも何?」みたいな話はあまり聞かないですね。働き方に関するトピックはどんどん変わっていくということでしたが、結局こういった課題を改善するには、何が必要なんですかね?
中原:「昭和的な働き方のアンインストール」です。ベタな言い方にはなりますが、まずは長時間労働からの脱却ですね。長時間労働という、戦後、長いあいだかけて「学習」してしまった「働き方」をアンインストールして、行動を変えることが求められています。
長時間労働を規定している要因と、それをどのように改善していくかは、ここ1~2年の僕の研究テーマですね。パーソル総合研究所さんとの共同研究で、長時間労働をいかに是正するかというマネジメント研究を実施しています。
田中:どんなことがわかっているのですか?
中原:まだ知見が公開前なので、詳細なことは言えません(笑)。2月8日に記者発表をいたします。ただ、それじゃあんまりなので、ひとつだけお話をすると、長時間労働には「依存性」があるように思います。
長時間労働を繰り返していると、健康も崩してくるし、学習の機会も持てないので疲弊してくるのですが、しかしながら、どこかでハイな気分にもなってくる。だんだんと自己の認知がくるってきて、論理的一貫性のある行動や言動ができなくなってくるのですね。やめたいんだけど、やめられない。もう働きたくないんだけど、なぜか、ハイみたいな状態になってくるのです。
さらには残業代といいうものをいったん手にしてしまうと、それが手放せなくなり、残業代込みの給与を、自分の給与と勘違いをするようになる。
結果として、長時間労働に依存する、といった状態が生まれます。
田中:それ、すごくよく解ります。僕は前職が金融系だったんですけど、長時間働いてるとだんだんハイになってくるというか、それだけが生きがいのような気さえしてくるんですよね。途中でこれはおかしい、と気づいて今に至るわけですけど。
中原:多くの人の場合、異動や結婚、子育てがそのことに気付くきっかけになるようです。あるいは働き過ぎで身体を壊してしまって、「これはおかしい」と思うとか。つまり、なんらかの事情で強制的に人生のリセットボタンを押されるまで気づかない。
田中:根深い問題なのかもしれませんね。仕事旅行のユーザーでも、無限仕事ループに入ってしまい「ある程度の高給取りにはなったけど、何か違うぞ」って思ってる人たちがたくさんいます。
でも、実際にはどうやればそのループから抜け出せるのか? がわからないみたいで。
中原:昭和的働き方をアンインストールするしかないんですね。今、ある企業と長時間労働是正について研究していますが、僕はこの問題は3層モデルで考えて行くことが重要だと思っています。(参考:「
希望の残業学プロジェクト)
まず1層目はシンプルに、「残業を生み出す要因を調べる」こと。上司要因、個人要因、職場の慣行、組織要因と分けて見ていき、それらを数値化して長時間労働是正の評価指標に利用します。そして、2層目はそれを改善するように実行する。口で言うだけでは意味ないですから。
ここまではいわば真っ当なアプローチですが、一番大事なのが次の3層目にあたる「残業を減らしてどうしたいのか?」という“残業削減によるメリット”をきちんと設定することです。
例えば社員で言えば「健康になった」「学びなおしの時間が取れるようになった」、企業で言えば「採用の評判が上がってブランディングになった」ーーそういったメリットが見えないと結局変わらないんですね。
人生100年時代を”柔軟”に生きるための大人の学び
田中:残業代に変わる大きなメリットがあるならやりますね。ここで先生にうかがってみたいのが、今もチラッとお話に出た「学びなおし」です。素人じみたことを聞くようですが、「大人の学び」はなぜ必要なんでしょう?
中原:最近よく言われている”人生100年時代”で考えると、働く期間は約80年という計算になりますね。そうなると同じ仕事だけで一生涯乗り切れる可能性はかなり低くなって、多くの人が社会人生活の中で何かしらの“アイデンティティの変化”を経験せざるを得ないでしょう。
田中:金融業界にいた僕が起業したーーといったことですね。確かに仕事旅行を始める前に、いろんな会社を訪問したり、自由大学のスクールに通ったりしましたけど、そこでの学びは生きてるなあと。
中原:そうなんです。ひとつの仕事だけに自分のアイデンティティを求めることが難しくなっていくと、変化に柔軟に対応できる力をつけておくことが必要ですから、「大人でも好奇心を忘れずに学びの時間を持つこと」は大事ですよね。
田中:終身雇用が当たり前な昭和的な働き方であれば、生涯ひとつの仕事だけをアイデンティティにしても不都合はなかったんでしょうね。でも、今はパラレルワーカーのように複数の仕事を持つ人も出てきたり、アイデンティティが変わるような異業種転職をする中高年世代も増えてきていると聞きます。
そしたらやっぱり、学び続けることが重要だとは思うのですが、ただ、実際には昭和的働き方ってなかなか手ごわくて(笑)、正直なところ、いつになったら世の中のOSが変わるんだろうな?と。社会のOSそのものが変わらないとアンインストールもできないですよね?
中原:その話で言うと、平成の30年間って昭和からの壮大なるトランジション(過渡期)だったと思うんです。”失われた20年”という言葉もあ李ますけどね。で、これはあくまで妄想じみた予感ですが、僕は新しい元号が決まると、また新しい動きが出てくるのかもしれないと、ふと思ったりもして。
つまり今の平成世代で、大正時代を引きずってる人ってさすがにいないですよね? それと同じように、新元号時代に昭和は引きずらないんじゃないかなと。時代というものは、2歩進んで初めて1歩前から脱却できるものかもしれません。
(
後編に続く)
聞き手:田中翼
記事:寺崎倫代+銀河ライター
Profile
中原 淳(なかはら・じゅん)
東京大学 大学総合教育研究センター 准教授。東京大学大学院 学際情報学府 (兼任)。東京大学教養学部 学際情報科学科(兼任)。大阪大学博士(人間科学)。北海道旭川市生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等をへて、2006年より現職。
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人々の学習・コミュニケーション・リーダーシップについて研究している。専門は人的資源開発論・経営学習論。
単著(専門書)に「職場学習論」(東京大学出版会)、「経営学習論」(東京大学出版会)。一般書に「研修開発入門」「駆け出しマネジャーの成長戦略」「アルバイトパート採用育成入門」など、他共編著多数。働く大人の学びに関する公開研究会Learning barを含め、各種のワークショップをプロデュース。研究の詳細は、Blog:
NAKAHARA-LAB.NET。Twitter ID : nakaharajun
民間企業の人材育成を研究活動の中心におきつつも、近年は、最高検察庁(参与)、横浜市教育委員会など、公共領域の人材育成についても、活動を広げている。一般社団法人 経営学習研究所 代表理事、特定非営利活動法人 Educe Technologies 副代表理事、特定非営利活動法人カタリバ理事。
Interviewer
田中翼(たなか・つばさ)
1979年生まれ。神奈川県出身。米国のミズーリ州立大学を卒業後、国際基督教大学(ICU)へ編入。卒業後、資産運用会社に勤務。在職中に趣味で様々な業界への会社訪問を繰り返すうちに、その魅力の虜となる。気付きや刺激を多く得られる職場訪問を他人にも勧めたいと考え、2011年に「見知らぬ仕事、見にいこう」をテーマに仕事旅行社を設立し、代表取締役に就任する。100か所近くの仕事体験から得た「仕事観」や「仕事の魅力」について、大学や企業などで講演も手掛けている。
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