2017年12月15日更新

自分のDNAに気づきたいなら"広い海"に出たほうがいいーキャリア18年の編集者が房総のベテラン漁師に弟子入りすっぺ!【後編】

キャリア18年。あるアラフォー編集者が房総のベテラン漁師・中村享さん(キャリア40年)に弟子入り。「何でそうなった?」の"転職"ドキュメント。

★前編はコチラ→人間の"狩人"としてのDNAを呼び覚ます仕事
★中編はコチラ→漁師言葉はまるで外国語みたいだ!

ここはどこ? 私はイセエビ


朝、4時。ほとんど真っ暗な大原漁港で、私は拓永丸が帰ってくるのを待っていた。

房総半島の南のほうとはいえ、この時期になってくると早朝はかなり冷え込む。海は暗くどんよりしている。沖のほうには幾つかの漁船の灯り。網上げの作業中だろうか? 

しばらくして、向こうから船が近づいてきた。ブボボボボみたいなエンジン音も、徐々に大きくなってくる。

拓永丸だ!

停泊した船めがけて「おはようございませす!」と叫ぶと、「おう、カワジリさんも乗んな」と中村船長。海に落ちないように乗り移る。



さてイセエビはどこに?

船のイケスにいた。イケスにはイセエビだけでなく鯛やそのほかの魚もいるが、イセエビと鯛は別のカゴや容器に移す。

イセエビというもの、私は初めて間近で見たのだが、見た目はごっついザリガニみたい。海の底からいきなりやって来て「ココはどこ?」みたいにゴソゴソ動いてる。

うん、わかるよその気持ち。オレもいま、自分がなんでココにいるのか、よくわかっていないんだ。



その後、甲板を掃除するなどして、網や道具類を軽トラに乗せて船長宅へ。網に付着したゴミ(海藻など)を取り除く作業をするのだ。

5時ごろ。船長宅に移動すると、パートの方が4人助っ人として来ていた。数人ひと組になって網を広げながら、軍手をした手でゴミを取り除いていくのだが、海藻が網に絡みついていると少々引っ張っても取れず、思っていた以上に難しい。

慣れているみなさんはサッサカやっているが、私はやたら手こずる。



海藻だけでなくたまにカニやら小魚、そしてハコフグ? のような小さくてやたら硬い魚も混じっており、コイツは見た目はかわいいのだが、うかつに触ると怪我をする。靴で踏んづけても突き抜けてしまうくらいの鋭い針なのだという。

温暖化の影響なのか? このハコフグのような魚は、大原あたりでは以前はあまり見かけることはなかったそうだが、近年やたら網にかかるらしい。地球環境の変化は、豊かな漁場の生態系にも影響を与えているのか。

ウキ塗りの作業はウキウキと


その日は仕掛けた網が少なく、ゴミもそれほど多くなかったため7時くらいには作業終了。イセエビのよく獲れる夏場なら、昼くらいまでかかるときもあるという。

みなさんで朝ごはんをいただく。イセエビの味噌汁とおにぎり。寒いこともあって沁みる味わいである。よい仕事をするためには「食べる」が大事。出荷できない小さいヒラメやカワハギ、エイなどの海の幸はパートの人たちにお裾分けとなっていた。



まかないを頂き、なんとなく海の男気分になったところで、また漁港へ。次は獲れたてのイセエビを出荷する。イセエビたちを、漁港のスタッフに引き渡し選別作業する。このプロセスをへて"商品"になっていくのだ。



そして漁港からまた船長宅へ。翌日から漁港が休みに入るらしく、その日は漁に出られないため、今度は網の整理など。

ケースに入った網を干したり、それをまたケースに仕舞ったりするのだが、見たところ簡単に思えるその作業も、やってみると超ムズい。船長がお手本を見せてくれるが(冒頭写真)、その通りやろうと頑張れば頑張るほど、イセエビみたいなゴソゴソした動きに…。

そうこうするうちお昼になった。


撮影:中村享さん

午後は網につけるウキのペンキ塗り。仕かけた網をわかりやすくするため、ウキにはペンキで数字を振ってあり、それが剥げてきたため塗り直す。



カフェとか路上ではしょっちゅう仕事をしている私ではあるが、船の上で仕事をするなんて滅多にないこと。目に見えてウキが生まれ変わっていくので面白い。ペタペタペタと。網よりこっちのほうが得意である。

熱中してやっていると、船長が戻ってきて「ほお…見やすくなったなあ。またアフターも撮っときなよ(笑)」。

じゃ、せっかくなので。



時期的に日は短い。少し日が落ち始める頃、短いようで長かった3日間の漁師インターンが終了した。

あの漁師言葉は英語だった!?


船長にシェアハウスの「星空の家」まで送っていただく。せっかく来たので最終日は1泊させてもらいたいと。ここに住む方々の話も聞いてみたかった。

クルマの中で船長から、活況だった30年前の漁港の話を聞きながら向かう。

到着すると管理人の三星千絵さんが不在だったので、近所にあるカフェ&コワーキングの「星空スペース」へ。シェアハウスと図書館以外に、民家を改装したカフェまであるとは。

そこで船長を交えて三星さん、同じく管理人の石川良樹さんとおしゃべり。聞けば船長は週末にこの場所で「漁師の仕事」についてレクチャーする予定なのだという。

ひと仕事終えたこともあってか、リラックスしておしゃべりを楽しむ中村船長。「海」と「陸」では人柄も少し違う。ハチマキをはずし、"船長"が"中村享さん"に戻っていく時間だ。

三星さん、石川さんや地元の人たちは親しみをこめつつ"拓さん"と呼びかける。屋号「拓永丸」に由来する呼び方。

中村さんを囲んで三星さん、石川さんとおしゃべりしながら、私は"難解"な漁師言葉について尋ねてみた。「漁師さん同士の会話が全然わからなかったんですが、あれは方言なんすかね?」

中村さんによればこうだ。

「方言もあるだろうし、業界用語もあるだろうね。そういえば前に研修生を受け入れていたことがあったんだけど、その人も最初の頃は出された指示の内容がまずわからなかったみたい(笑)。

でも面白いのは、漁師の言葉の中にもイギリス英語が結構入ってたりしてね。つまり、明治になって最初は船乗りがイングリッシュだったわけ。それが漁師に伝わったんでしょう。

例えば、今日でも船を離すときは『ごえ、ごえっ!』って言ってたわけ。『前へ前へ!』っていう意味なんだけど。それなんかもさ、もとを正せば"Go ahead"なんですよ。英語が訛っちゃったんだね(笑)。もちろん漁師はそれ、もとは英語だなんて思ってないんだよ? 

で、その『ごえ』なんて言い方は、日本全国、漁師の共通語だからね。どこへ行っても通用するよ。まあ、仕事では結局は身振り手振りでピンとくるとか、アイコンタクトが大事だと思うんだけどね」


漁師言葉を聞いて「外国語みたいだな」と思っていたのだが、実際にその一部は外国語だったわけだ。

中村さんは帰り際、今日獲れた鯛を差し入れにくださった。石川さんがそれを捌いて刺身にし、鍋などもこしらえてシェアハウス「星空の家」に移って皆で食べる。



全然違う仕事をやってみると「自分がだれか?」見えてくる


入居者だけでなくゲストもやってくる。大工、牧場で働いている人、お米を作ってる人、いまから和菓子屋さんをやろうとしてる人、おにぎり屋さん、マッサージ師。いろんな仕事の人がいる。

初めて会ったその人たちと、一緒に食べる。飲む。

飲みながら地元の話題やいろんな仕事の話を聞いていると、当然のことながら面白い。牛乳が大好きすぎて酪農家を志した若者と、飲む機会など日頃あまりないから。

そして言うまでもなく獲れたての鯛はうまい。鍋もうまい。地酒もうまい。近所で作られてるチーズも。



いろんな仕事の話を聞きながら、自分の仕事の話などもしながら、なんて言うんだろう? いい感じに酔いが回る中で、自分がやってる仕事の意味みたいなことに、ちょっと気づける感触もあった。

つまり、ここにいる人たちは「私がだれか」を知らないわけで、私も「その人たちがだれか」を知らない。ゆえに俯瞰して眺めることで見えてくる"自分"というものだってある。

「牛乳大好き酪農ヤング」は私とはあまりにも接点がないため、彼の話を面白がりながら、逆に自分のほうの仕事の輪郭もクッキリする。中村さんの言い方を借りると、両方とも"一国一城の仕事主人"なのだ。

「仕事の旅のよさ」はそれに気づけるところにある。

一方、内輪の人間関係の中で忖度ばっかりしていると、人はどんどん"獲れたて感"を失ってしまう。国会とかに出てくる"えらい人たち”は、なんであんな死んだ魚みたいな目をしているんだ? 

そう考えると「拓永丸」。なんていいネーミングだろうと。永え(とこしえ)に新しい海を拓こうというわけだから。

このインターンでわかったこと。自分のDNAに気づきたいなら、"広い海"に出たほうがいい。そこが多少荒れていようと。私の場合、イセエビを獲るのを見に行って、ちょっとだけピチピチした自分も獲れた。

振り返ると、そんな旅であった。

海との関わりの中で魚を獲るのが漁師のDNAなら、社会との関わりの中でネタを獲るのが編集者のDNAなのか? 改めてそんなことにも気づけるのは、リアルな現場の中でカラダを張って"比べて見る"からだ。「自分と仕事」というものは、そういった相対化の中にしかない。

これが私の考える「仕事相対性理論」である。深刻な顔して自分を突き詰めて掘ったところで、地中にイセエビなんていやしないのだ。そういった類の"自己啓発"は、私にはあまり面白くない。多少頑張って自分をキラキラさせたところで、そんなメッキはすぐに剥がれる。

外の人たちとの関わりの中で大きな海を知り、「どんなに頑張っても海には勝てない」ことを知るベテラン漁師たちのように、「自分なんて大したことないんだ」とポジティブに捉えられるようになると、逆に自分にしかできないことが見えてくる。どんな仕事もそのとき面白くなる。

それはともかく。迷惑を顧みず言うならば、また漁師インターンをしてみたいものだ。大原ではいま、タコツボ漁のシーズンを迎えているだろう。今年はタコ豊漁かも? の噂も聞いた。

切符ならすでにある。私は普通に自分の仕事だけしていると、絶対に出会えないであろう"漁の師"に弟子入りしたわけであるから。

(お知らせ)

長文お読みくださりありがとうございます。ここで究極の3択。

この記事を読んで「漁師」という仕事を生業にしたい人、拓永丸の役に立てる仕事ができるのでは? とピンとくるものがあった人は、以下の募集記事へ(おとなのインターン)。

★漁は戦だ!ガッツと負けん気と、日々の努力で、一国一城の漁師になる。

この記事を読んで「編集者」という仕事に興味を持った人、陸でおこるアレコレに網を張ることが仕事となる職業をやってみたい人は、以下の募集記事へ(おとなのインターン)。

★SOS! 仕事旅行社のコンテンツをつくる"編集職人"募集。ノルマ・出社・空気読みの必要ナシ。もちろん給与はアリ!【業務委託】

そのどっちでもない? とはいえ「職業体験」や「社会人インターンor 複業」に興味湧いてきた人は「仕事旅行」へ。

★見たことない仕事、見に行こう「仕事旅行」


ーーというわけで来年もよろしゅう。ご贔屓に。ひと足先に皆さまよいお年を!

記事と写真:河尻亨一(シゴトゴト編集長/銀河ライター/東北芸工大客員教授)

連載もの: 2017年12月15日更新

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