2017年12月11日更新

キャリア18年の編集者が房総のベテラン漁師に弟子入りすっぺ!【前編】ー人間の"狩人"としてのDNAを呼び覚ます仕事ー

漁師のキャリア40年。拓永丸・船長の中村享さんは仕事についてこう語る。

「想定外のことが起きたときに、どう乗り切るか、かわせっか? が漁師の資質だね。海の上では絶えず変化が起こるわけだから。

でも、海に勝つなんてのはありえない話でね。その意味では自分の能力の限界を知ることも大事なんですよ。判断ひとつ違えば、命に関わることだから。それがこの年まで漁師をやってきた上での結論だね」


中村さんは大原漁港で仕事をしてきたベテラン漁師だ。大原は千葉県いすみ市にある。「外房」と呼ばれる地域である。拓永丸はイセエビ漁(夏から秋)やタコ壺漁(冬から春)などを行うほか、オフシーズンや禁漁期には釣り船も運営している。

10月末のある日。編集者生活18年の私は中村さんに弟子入りした。

「仕事の海」に溺れたくはない。よって「海の仕事」に入門することにした


"弟子入り"と言っても本物のそれではない。こうして体験レポートを書くための取材であり、期間も3日間のごく短いものではあった。

ただ、意外と本気ではある。

常日頃思うこととして、自分がいまやっている仕事の海で溺れたくはない。どんな仕事でも、ある程度の時間続ければそれなりにスキルは身につくものであるし、経験もストックされる。人脈のようなものも出来てくる。

で、つい「泳げてるぞ!」なんて錯覚しがちなのだが、そこに罠がある。うまく泳いでいるつもりで、実はルーティンワークに流されているだけ、ということも十分ありうる。

流されるだけならまだいいが、慣れから来るちょっとした油断が想定外の出来事にフレキシブルに対応できず、社会人として、あるいは企業として「溺れる!」なんてケースは世の中ザラにあるものだ。

つまり、ビジネスの世界は大きな"海"である。その道何年のベテランになっても、常に初心者の緊張感をポケットに忍ばせておきたい。「想定外のことが起きたときに、どう乗り切るか、かわせっか?」というのは漁師だけでなく、あらゆる仕事に当てはまる資質なのでは? 

だからときには想定外(未経験)の仕事を体験したり、全然知らないジャンルに飛び込んでみて新たな発見をすることも大事なのでは? と考えたアラフォー男が、私という編集者になります。

仕事なんて飽きたら終わり。以降それはただの"労働"になる。ノーベル賞文学者のアルベール・カミュもこう言ってるじゃないか。

「働かなければ人は腐ってしまう。しかし、魂なき労働は人を窒息死させる」

ヤだな、そんなの。生きて仕事をしている限りは面白くやりたい。新しい何かに挑戦していたい。

なんでこうなったのか? はわからない。だが、思い立ったらいきなり「漁師に弟子入りすっぺ!」みたいな思い付きをサクッと行動に移せるのが、フリー稼業の気楽さ。外房にはあまり行ったこともないが、貴重な機会をいただいた以上、大原漁港へGO!である。


大原の町と漁港。八幡岬から撮影

漁師もコワーキングスペースに行く時代。ウェブやデザインの人材もほしい


日曜日の12時。大原駅に到着すると、中村さんご夫妻がクルマで迎えに来てくださっていた。外房と言うとなんだかとんでもなく遠いところというイメージがあったが、実は大原は意外と近い。東京駅から特急わかしお(京葉線)に乗ると約70分で着く。

車中で色々お話をする。折しも接近中の台風22号の影響で、今日は海に出られない。聞けば悪天候でこの2週間、漁には出られず釣り船を1回出したのみとのこと。

自然のコンディションがすべてで、お天道様が出たからと言って出撃できるわけでもない。明日も出られるかどうかはビミョーのようだ。

しかし、海に出られないからと言って仕事が休みになるわけではない。「海の上でどんなことが起こるかわからないからこそ、常日頃の準備がモノを言うんだ」というのが中村さんの仕事ポリシー。

「陸(おか)での仕事だっていくらでもある」。

ただ、夜には季節外れの台風上陸の可能性もあり、この日はひたすら雨、風、雨の日。まずはランチをご一緒することに。クルマで向かったのは、「hinode」というコワーキングスペースだった。そこでカレーを振る舞うイベントが開催されているそうだ。

大原のある「千葉県いすみ市」は移住者の多いところ。地域活性やコミュニティ活動をしている人も多い。私を中村さんにつないでくれたのも、同市の山間部で古民家シェアハウス「星空の家」や「星空の小さな図書館」を運営する三星千絵さんである。

5月にオープンしたばかりのhinodeには、若者がいっぱいいた。多くは移住者なのだろうか? ここは市のプール施設を改装したのだという。

「『コワーキングスペース』って言い方、なかなか覚えられなくってよお」と笑う中村さんだが、地域に入ってきたよそ者・若者にそれほど抵抗感がないというか、むしろ暖かく見守りたい気持ちもあるようだ。

漁師の世界は"昔ながら"を色濃く残すコミュニティでもあるが、こういう場所に集まる若い世代に対する期待も感じているということが、中村さんの話しぶりから伝わってきた。

中村さんはいま、転職サポート「おとなのインターン」で漁師志望者の募集を行っている(すでに数名が応募している)。この記事も趣旨としては、その求人内容を体験取材の形で伝えるものである。

中村さんはどんな人材を求めているのだろう? どんな働き方をしてほしいと思っているのか? カレーを食べる合間に聞いてみた。

「私の側からすると、長期であろうと短期であろうと、自分とは違う分野の能力を持った人に働いてもらって、その分野の力を貸してもらえるとうれしいよね。例えばウェブやデザインを勉強した人だったり。あるいは経理でもいいし、メカニックやエレクトロニクスに強い人もいい。

漁師の仕事ってね、すごい幅広いんですよ。特にうちみたいに兼業で釣り船もやってると、情報発信から接客まで色んなことができなくちゃいけない。

今は忙しくて休んでるけど、天然工房「拓」っていうのもやっていて、無添加のイワシの干物やゆでダコをイベントで売ったりもしてるんです。そしたら流通の知識もいるわけで、今後は大卒の漁師も増えるといいと思うんだけどね。

その意味じゃ、小説家とかライターなんていうのも、まあ、必要ではあるのかもしれないけれど…そのへんはちょっとどうなのかな?(笑)」


わ、私のことですか!? 食後のコーヒーを吹きそうになった。確かに、編集者なんぞというものは、船の上でもっとも使えなさそうな職種である。活字の網を広げてみたところで、雑魚一匹捕まえることさえできないだろう。船酔いでゲロの海に溺れる、くらいが関の山か?

一方で中村さんは、「技量はあんまり関係ないんだよな」とも言う。

適性としてはむしろ「負けん気が強い」ことのほうが大事らしい。そしてそれなりの体力と持久力。繁忙期に多少の寝不足なら耐えられるか?ーーといったことが大事。そのあたりに自信があれば女性もできるとのこと。実際、女性漁師もまだ多くはないものの増えてはいると聞く。中村さんの奥様・照代さんも、息子の拓人さんとともに拓永丸に乗っている。

根っからの漁師根性から学べること。「たくさん獲れたときが面白いよ、やっぱり」


ランチ後、市街地からクルマで20分ほどのところにある「星空の小さな図書館」に移動。雨でもあるし、初日はガイダンスがてらお話をうかがったほうがいいだろう。

この私設図書館は築140年の民家の納屋(築80年)を、中村さん含め様々な人々の力を借りて自力改装。3年前に私設図書館としてオープンした場所で、最近ではいすみ市の"新名所"としてメディアに取り上げられることも多い。

図書館のwifi環境の中で、中村さんがやっている"仕事"が興味深かった。雨、風や波、潮汐から水温、水産物の市況価格に至るまでデータや予報をネットでリサーチ。「これはタイドグラフ(潮汐曲線)と言ってね」と解説してくれるのでメモを取る。弟子入りした以上、ちょっとずつでも勉強せねば。



「拓永丸」のサイト やFacebookもチェックする。いまやSNSやブログは漁師の必須仕事ツールなのだという。拓永丸のように釣り船も営むところは、「その日の釣果をいかにタイムリーに伝えるか?」が営業にもつながってくる。中村さんはサイトやFacebookのほか、ブログ「拓永丸操業日誌」でも情報発信をしている。

お茶目だと思ったのはノートPCを風呂敷に包んで運んでいるところ。缶コーヒーの「BOSSジャン」も、いかにも"海の男"という感じでカッコいい。ちなみに海の上だとPCは揺れで壊れてしまうので、船上ではタブレットを用いるそうだ。



中村さんが仕事にインターネットを活用し始めたのは20年前。90年代後半に仲間の漁船とともにサイトを開設したとのこと。現在の拓永丸のサイトには、"企業理念"も書かれてある。

「釣り船では、あまりそういうのは表に出さないことが多いんだけど、うちの場合は、信条って言うんですかね? 『こういう気持ちで釣り船をやってるんだ!』という部分をハッキリ出してるんですよ。そうすっとその考えに共感する人は来るし、嫌いな人は来ませんよね。それでいいんじゃないかと思っていてね」

企業ステートメントは私の専門ジャンルのひとつ。なのでここはちょっとエラそーに言ってしまうのであるが、この"企業理念"はよくできている。

20行ほどの率直な物言いの中に、中村さんのプロフィールから仕事への向き合い方、拓永丸が目指すものなどのエッセンスが凝縮されていて、よくありがちな「言葉はカッコよさげだけど、中身はほとんどない」タイプの企業ステートメントとまるで違う。"一国一城の主"の仕事への自負を感じさせる力強い文章だ。

以下にほぼ全文紹介してみよう。

(拓永丸の信条)

私は、55歳になる現役の漁師です。
地元の水産高校を卒業し、親父の船で漁師の修行をしました。

当時は、魚も豊富で大漁に次ぐ大漁で浜の景気も盛んでした。
32歳で親父の船から独立し、拓永丸を開業しました。

当初は、イセエビやヒラメ専業で漁をしていましたが、ルアーと出合ってからルアー船も兼業するようになり、現在に到っております。

根っからの漁師根性は、釣船のガイドをする上ではどうかとも思いますが、今更修正する事も出来ないので、皆さんにご理解をして頂いています。

大自然である太平洋に漕ぎ出し、魚を釣る事は、大変豪快であり、人間の持つ「狩人」としてのDNAを呼び覚ます事だと思います。

(中略)

そして、その1匹のシーバスを釣り上げたときの手の震えは、なんとも言えない感動を与えてくれます!

その感動を、同じ船で船長と釣り人が分かち合える事、これが我拓永丸の目指すものかもしれません・・。

拓永丸においては、私は最高司令官であり、全責任を負うものです。釣り人の生命、安全は勿論、すべて私への信頼によって成り立っていると解釈しております。

その信頼に応えるべく、日々精進し、人間としても、船長としても、漁師としても成長していきたいと思っております。

拓永丸をご利用の皆様には、この信条をご理解のうえご利用をお願い申し上げます。

チョット普通の釣船と違うと感じられると思うでしょうが、今流行のコンビニではなく、昭和の時代の駄菓子屋とでも思って頂いて下さい。

(後略)


読んでハッとした。魚を獲るのは、「人間の持つ『狩人』としてのDNAを呼び覚ます」ことなんだな。だから釣りを趣味にする人は多いし、「漁師」という言葉には人が憧れる響きがある。どう考えても、素敵じゃないか? 魚を獲って暮らすなんて。私もそこに惹かれたのだ。

だが命の危険さえ伴うヘビーな仕事であるから、「根っからの漁師根性」を持ち「最高司令官(ボス)」である中村さんの指示は絶対だ。そのルールに従えば、釣れた(獲れた)感動を分かち合うことができる。

「たくさん獲れたときが面白いよ、やっぱり。この仕事続けていけるのも、それがあるからだよな」と中村さん。40年のキャリアがあってもやはり「獲れる」こと、「釣れる」ことは飽きることではないのだろう。人類の黎明期からずっとある仕事である。

中国の古いことわざにもこんなのがある。

一時間、幸福になりたかったら酒を飲みなさい。
一年間、幸福になりたかったら結婚しなさい。
一生、幸福になりたかったら釣りを覚えなさい。

私は漁どころか釣りもやったことないので、これからはそっちも多少は嗜みたいものだ。

すでに辺りは薄暗くなってきていた。帰りがけに漁港に寄り拓永丸と対面した。全長17メートル、6.6トン。中村さんは魚群探知機やGPSプロッターなど作動させて見せてくれる。私はメカに弱いので、さっきのタイドグラフ以上に何が何やらよくわからないが、この船が海を走るシーンを想像するだけでワクワクする。



明日は漁に出られるのだろうか? 陸での仕事もいっぱいあるようだが、せっかく来た以上は海に出てみたい。しかし、それは明日になってみないとわからない。「この仕事は海のスケジュールに合わせるものなんだ」と中村さん。

「じゃ、明日は朝7時からだから」

宿泊先であるペンション・マリンテラスに送ってもらって、ガイダンス(1日目)は終了。宿のすぐ前は浜。

ドーン、ドッバーン、ズドドドドドォォォォォォォーー。

打ち寄せる波の音がこれまで聞いたことないほど荒々しい。狩人としてのDNAが呼び覚まされてしまいそうだ。

(続く)※続編は12月13日(水)公開

記事と写真:河尻亨一(シゴトゴト編集長/銀河ライター/東北芸工大客員教授)
連載もの: 2017年12月11日更新

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