好きをシゴトにしているヒト、そこから生み出されるモノ・コトは、どうしてあんなに面白いのだろう。天職に巡り合いたくて。ヒントを探して輝くシゴトを追いかける、天職ハンター。
初回は、最近よく耳にする 「ウルトラライト・超軽量」を追いかけた。ウルトラライトダウン、超軽量メガネに超軽量ベビーカーまで。この言葉は、ここ1・2年で急激に普及してきた。インパクトのある響きだけが注目され勝ちだが、ウルトラライトの本来の面白さは、その始まりであるハイキングにあった。
ウルトラライトに魅せられ、自身で小さなブランドまで立ち上げた。天職に巡り合った一人のハイカーを追った。
超軽量ハイキング製品を通して、山の魅力を発信するブランド『グレートコッシーマウンテン』。クリエイターの大越智哉さん(45)は、「ウルトラライトハイキングが身近になれば、もっと豊かな人生につながる」と話している。

POP HIKER Middle Distance:ウルトラライトハイキングスタイルを想定した、グレートコッシーマウンテンの代表的な超軽量バックパック。
運命の出会いは今時インターネット
大越さんは、高校時代に山岳部に所属し、南アルプスなど三千メートル級の山々を登頂。登山の基礎を学ぶ。その後、工業大学で建築学を専攻。山と建築とデザイン経験が、現在の仕事につながる。
社会人になってからは、体力的に厳しい登山を減らし、ハイキングが中心になった。その頃に転機となる出会いがあった。
大越:30代半ばでした。インターネット上のブログで出会ったのが『ウルトラライトハイキング』でした。もともと荷物が重くて辛いっていうのは、どこかにはあったのですが。それよりも、ウルトラライトスタイルに初期衝動を感じて。体力的な問題もあるのですが、ユニークなスタイルに面白さを感じました。そこから、これは何だ!? って、調べていきました。
ウルトラライトハイキングは、ハイキングや登山で、荷物を徹底的に軽くするスタイル。体への負担を軽減し、より快適に、より自由に、より多くの自然に触れることが出来る。アメリカにある、数千キロにも及ぶ長距離自然遊歩道(ロングトレイル)を踏破するために培われてきたハイキング法。
日本では、2000年代初頭に一部の愛好家達が取り入れたのが始まり。その後、感度の高いクリエイターやハイカーがギア(用具)を自作するなど、日本の気候風土や体型に合わせ独自の発展を遂げ始め、徐々に一般へ浸透。
今では、ウルトラライト・超軽量という言葉は、アウトドアシーン以外でも使われるなど、広がりを見せている。

時間じゃなくて熱量
やがて、ウルトラライトハイキングを実践し始めた大越さん。軽量化と使いやすさに加え、遊び心も模索した。建築知識やデザイン経験で得た、ものづくりの精神が『MYOG(マイオグ)』へと向けられた。
MYOG(マイオグ)。この聞きなれない言葉は「Make Your Own Gear」の略。ハイキングやキャンプに使うギア(用具)を自作したり、市販品をカスタマイズ(改造)すること。軽量化と安全の両立を求める、ウルトラライトハイカー達から生まれたムーブメント。ギアのDIYともいえる。国や土地の自然環境やアウトドア文化に合わせ、個性豊かで多彩なデザインのギアが生まれている。
大越:MYOGの為に、初めてミシンを使ったのが約5年前。3年目くらいには、お金を頂いて自作ギアを人に譲るようになりました。最初は身近な仲間へ、冗談でポップなデザインのものをつくったりしながら。みんな面白がってくれて、使って良かった、もっとこういうのが欲しいって。それが何より幸せで。これ意外に行ける、と思って自作ギアの販売を始めました。
IT関連の会社勤めをしながら、ダブルワークで好きなMYOGをシゴトに。ブランド『グレートコッシーマウンテン』が生まれた。当初の収入バランスを見ると本業が8割、ブランドでの収入はまだ少なかった。

大越:ハイカー仲間とよく話すんです。経験って『時間じゃなくて熱量』って。山でも、マラソンでも、そして仕事でも、10年淡々とやるより、1年それにどっぷり集中してやった方が経験値として上がる。中学や高校の部活、1年生の夏休み、たった1~2ヶ月。でもその間に、彼らはびっくりするような成長をする。大人も同じだと思います。
熱中できる事は、ひとつの才能。次第に応える余裕がなくなるほど、完売・予約待ちが続くようになった。初めてミシンを使ってから5年。ついに昨年9月、会社を辞め独立。ガレージブランドを本業として走り始めた。
ガレージブランドは、小規模な事業として、アウトドアギア(用具)を製作する個人や会社のこと。MYOGのスペシャリストが営む小商い。強い個性とデザイン、高い品質を誇る製品が特徴。クリエイターや愛好家自身がブランドを立ち上げていて、ユーザーとの距離も近い。iPhoneやMacを生んだ、Apple社のスティーブ・ジョブズが、ガレージ(車庫)で創業した逸話をイメージさせる。自作ギア、カスタムギアで大自然にアプローチするスタイルは、ハイカー達の静かな表現のひとつになっている。
グレートコッシーマウンテン(GREAT COSSY MOUNTAIN、略してGコ山)製品タグ。
大越:実際に独立してみて、結論から言うと、やっぱり大変。起業すると、右肩上がりを運命づけられてしまう。なんとかして右肩上げていかなきゃいけない。でもね、なんか、それはいやなのね。利益を上げるために量産、人を増やして、外注して、新商品も無理に投入して。
それって、グレートコッシーマウンテンの目指す方向と真逆で。そんな風になったら、資金繰りとかで右往左往して、自分がギアをつくる時間も無くなるって、目に見える。それなら、人を増やし外注する代わりに『ユーザーを工場にしちゃえばいい』と思っていて。
その答えのひとつが今計画中の、自作ギアキットの販売と、MYOGスクールの開催。販売している製品もそこにつながるよう、出来るだけシンプルに作っています。強く意識しているのは『誰でも出来る』こと。家庭用のミシンで大丈夫。
材料の取り方、縫い方も、縫う順番も、全てシンプルにしています。そうすると、バラすのも簡単で、自ずと修理が簡単になる。理想はユーザーがMYOGで修理して欲しい。そんな風に成り立つよう心がけています。

メロウハイキング
インディーズ・バンドとファンのように、ブランドとユーザーが一体になって成長していく。ファンとも言えるユーザー達を惹きつける「グレートコッシーマウンテン」の魅力は何か。そもそも、なぜ今、ハイキングなのだろうか?
大越:ハイキングって、自分自身を確認するのに、最も手軽な方法だと思っていて。自分で歩いて、自分で担いて、自分で運んで。ミニマムな家(テント)で寝る。たまには雨が降ったりひどい目にあったりする。そういうのも含めて。
例えば、ゆっくり歩いたら1時間で何キロ進めるか。この位の斜面なら普通に歩けて、この角度からは息が上がるとか。この寝袋なら、この気温まで耐えられるとか。自分について改めて知ることが沢山ある。
今、良く解らない。生きていて。自分のこと。ITの仕事をしていて感じて。電子メールも、クラウドも、人間の感覚を越えている。それはどうなんだろうなって疑問がすっとあって。技術を有効利用するのは良い。でも当たり前になっちゃうのが怖いなと思っていて。人間が生きるってことは、そもそも別のことだよって。
確かに私たちは便利さに慣れ過ぎてしまった。現にスマートフォンが無ければ、待ち合わせも、お店の場所も、電車の乗り換えさえ解らない。自然の中に身ひとつ。五感が解放されて、人間本来の感覚を取り戻す。ハイキングは、現代社会に生きる私たちに、必須サプリメントのような存在になるのかもしれない。

とはいえ。ハイキングへ出かけるには、感覚だけでなく体もたるみきっている。ハイキングや登山へ、もっと気軽に出かけるにはどうしたら良いか。その答えが、ロゴで掲げる『メロウハイキング』にあった。
大越:メロウハイキングは、簡単に言うとMYOGしてウルトラライトハイキングを楽しもう、ということ。
ウルトラライトハイキングって、一部の愛好家のものではなくて、むしろ体力の無い人こそ取り入れて欲しいもの。超軽量自作ギアで歩いてみて「これ、誰でも出来るな」って思って。別に長い距離を歩かなくても良い。軽い荷物で、近所の裏山とかでも良い。
ウルトラライトハイキングは、徹底的に軽量化をはかるために、シンプルかつ簡単な道具が必要になってくる。それをサポートするようなギアづくりをしたり、教えたりしたいんですよね。
ウルトラライト製品で、誰でも気軽にハイキングへ。軽量化のために洗練し、シンプルに。メロウハイキングの精神は、やがて日常生活にも生きてくる。シンプルにすると、本当に必要なことが見えてくる。
大越:ポケットがいっぱいあるザック(リュックサック)にそれぞれ収納しても整理にはなる。でもどれをどこに入れたかって、結局忘れる。だったら、細々したものは、一層ひとつの袋に入れてしまう。
例えば、赤い袋には調理器具、青い袋にはそれ以外の道具、みたいに。それくらいなら忘れない。本当はそれで事足りたりする。そうするとね、ハイキングに行く前から楽になる。準備がいらないから。必要な着替えと食料だけ補充すればいいんだから。
その考え方、スタイルを日常生活でも実践してもらえたら良いですね。カスタマイズしてシンプルに使いやすくっていうのを、家や日常生活ではどう工夫したらいいかって。
メロウハイキングのヒントやサポートになるようなシゴトをしていきたいですね
ウルトラライトハイキングが身近になれば、もっと豊かな人生につながる。
MYOGや超軽量ハイキング製品を通して、山の魅力を発信するガレージブランド「グレートコッシーマウンテン」
天職に巡り合った大越さんのシゴトは、アウトドアの枠を越え、やがて文化の域に達するのかもしれない。
グレートコッシーマウンテンも出店する、ガレージブランドのオールスターイベントがある。キャッチフレーズは「アウトドア・スタイルの新しいデザインを提案する」。アウトドアシーンの一歩先を見に、足を運んでみてはいかがだろうか?
記事:木村一貴(編集者)
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