2016年12月28日更新

ふりむくな。後ろには夢がないー2016編集後記としてー

仕事旅行社が記事コーナー「シゴトゴト」をスタートしておおよそ1年。押しも迫った年の瀬に、当コーナーの編集人・河尻亨一が「編集後記(2016まとめ)」として、この1年を振り返ります。

デンマークの幸福度を高める魔法のコトバ


先日、とあるワークショップで司会をした。「世界で一番幸せな国デンマークに学ぶキャリアのつくり方」というイベントである。

北欧スタイルの旅をプロデュースする活動をされている戸沼如恵さん(エコ・コンシャス・ジャパン代表)をゲストにお迎えし、デンマークの暮らしやデザイン、同国を中心に北欧全域に広がる大人の学び場「フォルケフォイスコーレ」のお話をうかがうなど、濃密ながらもゆったりとした時が流れるイベントとなった。

その模様に関しては当コーナーで改めて詳細をレポートするが、ここでは、当日のキーワードとなったマジカルな言葉をひとつご紹介したい。それは「hygge(ヒュゲあるいはヒュッゲ)」というデンマーク語である。

「hygge(ヒュゲ)」はデンマークの歴史と文化がとけこんだ言葉で、そのニュアンスまで含めて外国語に訳すのは無理。でも、ごくざっくり言うと「居心地がいい・リラックスできる」ということ(※冒頭写真は当日使用のスライド。「hygge」の英文解説が書かれている)。

ほかにもいろんな意味合いがあり、日常の様々なシーンで用いられるもののようだ。その奥深さはデンマークに行ってそこでの暮らしを体験しないことにはわからないだろう。

しかし、戸沼さんのお話をうかがっていて私は、これは本来の意味での「和む」という日本語に近いところがあるのでは? とも感じた。「和」という言葉に日本の歴史や文化のエッセンスが溶けこんでいるように、「hygge(ヒュゲ)」という言葉にはデンマークのアイデンティティが宿っており、そこで暮らす人々にとってそれはとても重要なマインドのようだ。

もしかするとデンマークの人たちは、「居心地の悪い生活なんてなんぼのもんじゃい?」くらいのフィーリングで暮らしているのかもしれない。

そして、この「hygge(ヒュゲ)」の精神を現在も大切にし続けていることと、デンマークが「世界で一番幸せな国」とまで言われることとは、どうやらリンクしているらしい。

例えばデンマーク人は、仕事のシーンにおいてもある種の「リラックス」を取り入れることが上手だという。ミーティングもまずお茶から始まったり、過度にストレスを感じず仕事に集中できるようにオフィスの照明にまで工夫を凝らしたりetc。

そうやって仕事のモチベーションを高め、フレキシブルかつポジティブに働く人が多いという。国や企業も働く人たちのバックアップに努め、「残業」などは基本的に発生しない(「週37時間労働」が定められている)。

人々は休暇や仕事のビフォア&アフタータイムを家族とのんびり過ごしたり、自分の生活をより”居心地よく”するための活動に充てるなど、我々がイメージする「北欧ライフ」をまさに体現しているかのようだ。

さらにここがすごいところだが、それでいて国民一人あたりのGDPは日本より高い。先日発表されたばかりのデータで言うと、デンマークが11位に対して日本は18位となっている(2016年度版「労働生産性の国際比較」※日本生産性本部による調査)。

ぶっちゃけデンマーク人のほうが稼いでいるのである。短い時間でより多くの価値を生み出していると考えられる。

ヒュゲるどころか頭から湯気出てるわ


こういった話を聞き、イベント会場には「うらやましい…でも、私には無理だわ」的な言葉にならない空気が漂っていた。多くの参加者が「自分の生活とか働き方、あまりにヒュゲってねえな…」と感じたようだ。

もちろん、デンマークと日本を単純比較して、その優劣を論じることはできない。デンマークだってこの世のパラダイスというわけではなく、様々な課題を抱えているだろうし、社会保障は充実、手厚い福祉サービスを受けることはできるが物価や税金は高い。

つまり、我々がデンマーク人の真似をして「ヒュゲればOK?」かと言うと、必ずしもそれで世の中うまく回るというものではないかもしれない。それこそ頭から湯気が出てるんじゃないか? と思うほど、「長時間酷使され続けること大好き根っからのドM体質」の人にとっては、逆にデンマークは居心地の悪い国かもしれない。

それは人それぞれだ。「心地よさ」は人の数だけある。

しかし、連日のようにメディアが「長時間労働」や「職場環境の劣悪さ」について大騒ぎしている日本のいまを考えると、この「hygge(ヒュゲ)」という考え方はやはり気になる。そこには何らかの知恵、学ぶものがあるのではないかと思えてもくる。

日本で「hygge(ヒュゲ)」な働き方、あるいはその感覚に近いワークスタイルを実現する方法はないのだろうか? 

難しいテーマだ。イベントでも結局その話になったが、多くの人は「会社」という組織に属して働いている。そして多くの場合、日本の企業は「hygge(ヒュゲ)」的な価値観に重きを置いていない。頭から湯気を出し続ける根性ワークのほうが未だ評価されたりもするのである。

しかし、実際問題として「精神力だけではテープはきれない」。多くの人が指摘するように、少子高齢化が進み、人工知能などのテクノロジーがさらに進化した社会において、そのやり方一辺倒ではもう通用しないことが明らかになり始めているが、「わかっちゃいるけどやめられない」。それが2016年の日本である。

その歪みももう隠しきれなくなっている。矛盾は職場の様々なシーンでも露わになっている。いずれは大きな変化を受け入れざるをえなくなると思う。

だが、会社や社会が変わるのを待っているだけでは問題は解決しないし、それがいつになるかもわからない。

では、自分で道を拓きたい人のために少しでもヒントになることはないのだろうか? 例えば「hygge(ヒュゲ)」のような、しなやかでしたたかなココロを働き方に取り入れるには? 

読者・関係者にこの場を借りてお礼を


そのためのネタや気づきを、体験としてご提供したいという思いで続けているのが「仕事旅行」というサービスであり、それを情報として伝えようとしているのがこの記事コーナー「シゴトゴト」である。

「シゴトゴト」がスタートしておおよそ1年。今年は約200本の記事を公開することができた(毎日100本公開なんていうスゴい”メディア”も世間にはあったらしいが)。スタッフは当初インターンと私だけ、という超スモールなスタートだったが、その後パワフルな助っ人たちが現れ、手間のかかる取材記事や企画モノもようやく製造することができるようになってきた。

読者・関係者にこの場を借りてお礼を申し上げるとともに、最近の読みどころをご紹介したい。

例えば、いま当コーナーで執筆してくださっている浅生鴨さん(作家)の連載は、働き方のリアルなヒントがいっぱいだ。浅生さんが逆説的に言うところの「働かない働き方」というのは、「働くことに居心地の良さや楽しさ」を求めることに罪悪感さえ感じてしまう我々の現状に、ユーモラスな語り口でズバッと切り込む「日本版ヒュゲのススメ」として読むこともできる。

鯨本あつこさん(「離島経済新聞」編集長)による連載「シゴト旅」も、メディアを作る仕事のうれしさや、その気持ちを持続するための日々の工夫が淡々としたトーンの文章の中にギュッと濃縮されている。お二人のエネルギーに負けじと、田中翼(仕事旅行社代表)も「仕事場訪問記」の連載を始めた。

そして、この秋から私が力を入れているのは「あの人が語る仕事論」」である。現在、西野亮廣氏(キングコング)、落合陽一氏(メディアアーティスト/博士)、山田敏夫氏(ファクトリエ代表)、小山田サユリ氏(女優)へのインタビューを読むことができる。

いずれも1万字くらいの長い記事になっていて、ネット向けの読み物ではないかもしれないが、お時間のある際にじっくり読んでいただけるとうれしい。

私は編集者としてこれまで1000人くらいの方々にインタビューをしてきた。一線で活躍する人は、どんなジャンルの人であっても発する言葉が聞いていて気持ちいい。言葉に「hygge(ヒュゲ)」があるのだ。

彼らの言葉から前向きなエネルギーを感じられるのは、その人だけの語り口とリズムを持っているからだろう。その言葉が人を元気にする。引き続き月一程度のペースで、様々なフィールドの人々に、その人の仕事論を聞いていきたいと考えている。

今日は多くの職場で仕事収めの日。この1年、忙しく働き通しだった方も、ちょっと肩の力が抜ける1日だ。そんな「hygge(ヒュゲ)」な時間帯に、ゆったりした気分で風呂にでも浸かり、来年の自分をイメージしてみるのも悪くはないかもしれない。

2016年の働き方関係のニュースは悲しい出来事やネガティブなものが多かった。なぜ、働きすぎが原因でみずから命を絶つ人が後を絶たないのか? なぜ、仕事をすることにうれしさを感じにくい社会になってしまったのか? そもそも自分が何をやりたいのかわからない若者が大勢いるのはなぜか?

わからないことだらけだ。

そんなこんなで、振り返りの編集後記としては中途半端になってしまった感も否めない。しかし、こういうときこそ前を向いて進みたいという気がする。せめてこの言葉で1年を締めくくろう。

「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」(寺山修司「さらばハイセイコー」より)

記事:河尻亨一(仕事旅行社キュレーター/銀河ライター/東北芸工大客員教授)

(この著者によるほかの記事)

★書評「10年後、僕らの仕事はどうなってる?」

★猫型の“働き方”とは? を考えてみた―CAT WORKな感性を仕事に―

★「ガリガリ君」値上げCMにジワっと沁みる“その会社”らしさ―社員出演コンテンツを作るときに大切な3つのコト―

★世界のビッグなアイデア全員集合!クリエイティブ文化祭「カンヌライオンズ2016」に行ってみた

★「善き働き方」はどこに?ー長編小説『アグニオン』(浅生鴨著)を読んで-

プロフィール

河尻亨一(かわじり・こういち)
銀河ライター/東北芸工大客員教授。1974年生まれ。雑誌「広告批評」在籍中に、多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰し、取材・執筆からイベントのファシリテーション、企業コンテンツの企画制作なども。仕事旅行社ではキュレーターを務める。アカデミー賞、グラミー賞なども受賞した伝説のデザイナー石岡瑛子の伝記「TIMELESSー石岡瑛子とその時代」をウェブ連載中。


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