2016年11月07日更新

「善き働き方」はどこに?ー長編小説『アグニオン』(浅生鴨著)を読んで-

11月半ばより仕事旅行の記事コーナー「シゴトゴト」で、お二人の著者に「仕事」や「働き方」に関するエッセイを連載していただく予定です。

前回(リトケイ編集長・鯨本あつこさん紹介)に続いて、今回はもうおひと方の執筆者、浅生鴨さんの横顔と近頃単行本化された長編小説『アグニオン』をご紹介します。

現在は作家活動に力を入れている浅生さんですが、かつてはTwitterのNHK広報アカウント「NHK_PR1号」として活躍。放送局入社前にも、IT、音楽、イベント、広告、デザインほか様々な仕事を経験してきました。

記事:河尻亨一(仕事旅行社キュレーター)

欲望と感情を制御された人はどう働くか


長編小説『アグニオン』(浅生鴨著)は、働き方の本として読んでも面白い。

しかし、読む前にちょっとした覚悟と気合いが必要かも。これはSF小説を装ってはいるが、ユルく楽しめるタイプのエンタメではない。「良薬口に苦し」な感じで少し飲みにくいところもある。読む人によっては劇薬になってしまう可能性もあるため、“使用上の注意”にも留意しつつレビューしてみたい。

まず、ネタバレにならない程度にあらすじを紹介しよう。

作品の舞台となるのは、はるか彼方の未来らしき世界。ユジーン(♂)という名の若い主人公が、鉱山で仕事をしている。彼の住む村は荒涼としたド田舎そのもの。そしてユジーンもその仲間も、自分たちが危険をおかしながら掘り続けている「プリテウム結晶」なるものが、世の中の何の役に立つのかもわからないまま、日々黙々と働いている。

安月給とはいえ、「モグラ」と言われるこの仕事をやらないと食っていくことができないからだ。

おまけにその世界は、進化したAIみたいなもの(有機神経知能=サピエンティア)が牛耳っており、人々は「欲望」や「感情」を制御されている。

仕事や生活について人前でブーブー言ったり、高望みをしようものなら、人類全員が装着を義務づけられている進化したスマホみたいなもの(言動端子=アクトグラフ)が当局に通報、「欲望違反」の罪で捕まってしまうのである。

この社会では、人々が発する言葉と行動のすべてがデータとしてサーバーに蓄積・管理されており、キャリアもAIが決める。

つまり「転職など基本ムリ!」なのだが、何を思ったのか、変わり者(特異者)である主人公は「オレはコイツらとは違う。上を目指したれ!」ということで、そのヤンキー風のキャラとは裏腹に、コツコツと資格の勉強を続けて中央の役所(機関=アルピトピオ)を受験。

宇宙での職場体験でもデキる人っぷりを見せつけ、いけるか? と一瞬思いきや、学歴のなさと上司に対するオラオラな態度がネックとなり、鉱山労働職よりさらに不安定なフリーター的生活におちいってしまう。

一方で、自分のキャラや記憶を別の肉体にコピペする裏技(統合化=インテグレート)により、何歳になってもバリバリ現役のままでい続ける役所の老ボス軍団やエラい学者たちは、あるプロジェクトを極秘で進めているーーといった物語だ。

“全身仕事旅行”のような人


ーーと書いたが、実はそれだけではない。

さっきの主人公のストーリーとは別に、ヌーというもう一人の主人公(たぶん♂)によるまったく別のストーリーが裏側で同時に進行する。つまり、AとBのふたつの物語が交互に登場し、両者が「どこでどう交わるのか?」とハラハラしつつ読んでいくのが、この小説のもうひとつの面白さになっている。

もう一方の物語に関しては、読んだ人のお楽しみということでここではふれないが、関係なさそうでありそうなA面B面の話でひとつの小説が構成されているという点では、村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』などともちょっと似た味がする。

いずれにせよ「スリリングな冒険物語」と「静謐でポエムな感じの旅物語」の両者を並行して描くことで、筆者は一方の語りだけでは答えの出しにくいテーマを追求しようとしたのかもしれない。

そのテーマとは「人や社会にとって善とは何か?」といったいくぶん抽象的なものだ。

つまり、すべての人間が欲望や感情をなくして穏やかに暮らしていれば、世の中確かに平和に思えるかもしれないが、果たしてそれは「善」なのだろうか? という、結構ガチにテツガクな問いかけである(ちなみに「アグニオン」とは「善き人」という意味らしい)。

ゆえにこの小説はある意味では難解でもあり、デンジャラスな匂いさえ放っている。

それが使用上の注意だ。つまり、著者である浅生さんが1号としてつぶやいていたかつてのNHK_PRのツイートなどをイメージして読むと「あれ?」という印象を受けるかもしれない。「こんな人だっけ?」「全然ゆるくねえ」と。

だが、引き受けた仕事によって作る料理を変えられるのが、浅生鴨の力量だ。和でもイタ飯でもフレンチ、中華でもOK(たぶん)。変幻自在の書き手であり、正体不明の覆面クリエイターである。

ところで浅生さんは、「働く」ということを、どう考えているのだろう?

彼はこれまでゲーム、イベント、レコード、IT、音響照明、映像制作、デザイン、CM、放送、小説など様々なコンテンツ制作の現場を渡り歩いてきた。転職歴は約10回? 筋金入りのザ・ジョブホッパーであり、“全身仕事旅行”のような人とも言える。

そして、こういったメディアの仕事をする人は、その華やかなイメージとは異なり、基本的には“中の人”である。つまり、仕事が変わるたびに自分がかぶるマスクも変えながらものづくりをし、おもむろに“素顔”を見せることはない。キン肉マンではないが、正体がバレると一巻の終わりなのである。

その意味では、TwitterのNHK_PRアカウントが話題になったとき、浅生さんはすでにこの仕事の甘さもしょっぱさも知り尽くしたプロフェッショナルな“中の人”であった。でないと、あんなことできないと思う。



キーワードは「堕落」と「脱出」


その達人が考える働き方とは? この新連載を依頼するにあたっての打ち合わせで、彼の口からゆる〜く出てきたコメントをポイント化して箇条書きにしてみよう。


① 会社で5人同期がいるとしたら、自分は1番ではなく5番を目指す。(1番はスゴイと言われるかもしれないが、あとはそんなに変わらない。だったら5番目になったほうがやりやすい)

② 人生において仕事にそれほど重きを置いていない。自分のほうが大事。「働く」ということ少し引いた目で見て、仕事に理想を求めすぎないほうがいいのでは?

③ 特にやりたいことがないので、言われるがままに仕事を受けていたら、いつの間にかこうなってしまった。でも、どの仕事もやってるときは夢中。仕事にちょっとした遊びを入れて楽しむのも好き。

④ 全然関係なさそうに思える仕事同士が、いつの間にかパズルのようにつながったときが一番面白い!

⑤ 世の中では「働く」ことが正しいとされているが、本当は人間は働くことにそれほど向いてないのでは? なぜかはよくわからないが、猫を見ているとなんとなくそう思う。


こういった仕事への向き合い方を、浅生さんはみずから「堕落」と言っていた。

しかし、日本人の「働きすぎ」が何十年も前から言われているわりに、組織によっては状況がさらにひどくなっていたり、いくら徹夜を重ねてもたいした成果が出ない、そもそも何のためにその作業をやっているのかわからないなど、『アグニオン』のモグラのような日々から脱出できず、もがいている人も多い。

そしてこんなに頑張っているにもかかわらず、日本の労働生産性は先進国中最低との悲報もある。

浅生さん自身、とあるお仕事キツイ系の会社に勤めていたとき、こんなことがあったそうだ。

深夜一人でオフィスに残り、キーボードを叩いていたらいつの間にか手がビショビショに濡れている。「はて、なんだろう?」と思ったら、自分でも意識しないうちにポロポロ泣いていた。で、「これはさすがにマズい。壊れてしまう」と思い、「辞めます」の書き置きを残してそのまま脱出したのだという。

私も身に覚えがあるが、あまりに長時間働き続けると色んなことが麻痺をして、「自分が何なのか?」さえよくわからなくなってしまうことがある。

アグニオン的に言うならば、自分や気持ちを隠してひたすら仕事をし続けることが、「善き働き方」なのだろうか? 浅生さんが言うところの「堕落」のカードを数枚ポケットの中に忍ばせておくことで、仕事はもうちょっと楽に、あるいは面白くならないのだろうか?

新しく始まる連載では、そのあたりのヒントを「あ、そうかも!」的なユルさも交えながら、執筆いただけるだろう。口癖が「あ、そうかも」なので浅生鴨というペンネームにしたらしい。

いずれにせよ「堕落」と「脱出」が連載のキーワードになりそうだ。裏テーマは「この支配からの卒業」である。

ちなみに浅生さんは、基本的にはシャイでクールな中の人キャラをキープしつつ、ときおり突発的に「中の人などいない!」と叫んでしまうようなアツい面もある。本当は「中」と「外」のあいだにある「膜」のような人なのかもしれない。

小説『アグニオン』はマスクを外した彼の素顔がチラッと垣間見える力作だ。中と外のあいだにある何かを見出すために、ふたつの別の話を向き合わせてぶつける必要があったのだろうと推察する。
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