2019年02月04日更新

伝説のギタリストに魅せられた少年は15歳でギター作りを志したーギター製作家、清水優一さんを訪ねて(前編)ー

10代のころ、どんな職業に就きたいと思っていたか覚えていますか? 思いを大切に育みながら憧れの仕事を職業にし、その道を歩み続ける人もいます。

ギター製作家の清水優一さんもそんな一人。清水さんがギター作りを志したのは15歳のとき。なかなか開かない扉をノックし続けて製作会社に弟子入りし、32歳で独立。現在も自分の目指す"いい音"を探しながら、ギター作りに向き合っています。

そんな清水さんに、「やりたいこと」が仕事になるまでの物語をうかがってみたいと思い、工房を訪ねました。

1930年代のブルースを聴く渋すぎる15歳


「ギターを作る人になりたい」

ギター製作家の清水優一さんが両親にそう話したのは15歳だった1995年のこと。当時の清水さんは、今でいう不登校の状態だった。

小学校後半で学校に行かなくなったが、大きなきっかけはなかった。「なんとなく」と清水さんは当時を振り返る。役所に勤める公務員と専業主婦の両親は、長男の清水さんに学校に行くように強く説得することもなかった。

「まあ、両親には心配をかけましたね」

清水さんは、照れ臭そうに言った。

中学を卒業する年齢まで、清水さんは自分の部屋にこもって音楽を聴いてはギターを弾く生活を送った。

「最初にギターを買ってもらったのは12歳のときです。スーパージョッキーというバラエティ番組でボン・ジョヴィが演奏していて、かっこいいなと思った」

現在クラシックギターを製作する清水さんが最初に出会ったのは、エレキギターだ。

「僕、左利きなのに、右利きのギターを買っちゃったんですよ」

それほどギターとの縁がなかったし、周囲にもアドバイスをくれる人はいなかった。本人もギターとの出会いが人生の大きく変えるとは思っていなかったのだろう。右利き用のギターで上達しなかった清水さんは練習をやめてしまう。ところが再び、テレビ番組がギターの魅力を清水さんに見せつけてきた。

「60年代から70年代の洋楽を流すテレビ番組があって、たくさんかっこいい人が出ていました。それで今度は左利き用のギターでまた練習を始めたんですよ」

60年代の洋楽を演奏するかっこいい人、代表格はジミ・ヘンドリックスだ。米音楽雑誌『ローリングストーン』の偉大なギタリスト100人でも、死後40年以上経ったにも関わらず1位に輝くまさに伝説のギタリスト。ジミヘンは清水さんと同じ左利きだ。

そのあと、清水さんは1930年代のブルースにハマる。ギターのために悪魔に魂を売ったというクロスロード伝説の持ち主、ロバート・ジョンソンや、そのロバート・ジョンソンにギターを教えたとされるサン・ハウスをよく聴いた。

1960年代以降、何度か再評価された彼らの音楽は、アコースティックギター1本にしゃがれた声の弾き語り。「ジミヘンから掘っていったら、たどり着いた」と清水さんは言うけれど、中学生が聴くにはひどく渋い。

清水さんも聴く音楽に合わせて、ギターをエレキからアコースティックに変更。ギターの教室にも通った。ちなみに当時日本のヒットチャートに並んでいたのはスピッツやTRF、洋楽ならイギリスのロックバンド、オアシスが人気を集めていた。



弟子入りをことごとく断られてしまっても


ギターと古いブルースにどっぷりハマった生活。それが清水さんの中学時代だった。そんな中、ギター専門誌『ギターマガジン』でギター製作学校の記事を見つける。

「ギターを作っている人がいるんだ」

その記事が清水さんの人生をギター製作家への道に方向付ける。学校には興味がなかったのか、清水さんはギターの専門雑誌をいくつも読み、都内のギター製作家の連絡先を調べ、弟子入りさせて欲しいと書いた手紙を送った。しかし、返事はことごとくNO。手紙を書いては断られるという生活が1年近く続いた。

なかなか開かないギター製作の仕事への扉。モヤモヤがつのる。その鬱憤のような気持ちを紛らわせるものもギターだった。

プロの製作家に一通り弟子入りを断られると、今度は雑誌『現代ギター』に掲載されていた茶井幸信さんのギター工房主催の製作教室に通うことを選んだ。

生徒は趣味でギター製作をしている中高年男性が中心。その講座で若い清水さんが熱心に取り組む姿は、教室を主宰していた茶井さんの目に留まったようだ。

「本気でギター製作をやりたいなら、フェルナンデスの学校に行ってみたら?」と勧めてくれた。

茶井さんはエレキギターで有名なメーカーが開校しているフェルナンデスギターエンジニアリングスクールの校長でもあった。この茶井さんの言葉をきっかけに、清水さんはフェルナンデスギターエンジニアリングスクールに入学した。清水さんは数年ぶりに学校という場所に通うことになった。

フェルナンデスギターエンジニアリングスクールは2年制。メインのコースはエレキギターで、アコースティックギターのコースの同級生は、清水さんを含めてたったの4人。17歳だった清水さんのほかの3人は大学卒業後や中退後に入学してきたケースがほとんどだった。

「変わった人が多くておもしろかったですよ。バンドをやっている人ばかりでしたね」

フェルナンデスギターエンジニアリングスクールでは、同級生のライブを見ることもあった。周りにバンドをやっている人が多かったのにも関わらず、清水さん自身はこれまでバンドを組んで演奏したことはない。

「好きな音楽がミュージシャン1人で演奏するものが多かったからですかね」

学校で同級生との時間にもおもしろさを感じていたのに、清水さんには1日も早くギター製作家として働きたいという気持ちがあった。

そして在学中にも関わらず、のちに入社する河野ギター製作所に弟子入りを志願する手紙を書いた。このとき初めて弟子入り志願の手紙に、いい返事が届いた。一度工房を見にきてもいいと言ってもらえたのだ。

初めて訪れた河野ギター製作所の整然とした工房に感動した清水さんは、それからしばらく河野ギター製作所に毎日のように通い詰め、プロの製作家たちの作業に見入った。あるときには、学校で作った初めてのクラシックギターを社長の桜井さんに見せることもした。

「今もそのギターは手元にありますたが、よくこんなひどい出来のものを見せたなというものです。本当に全てがダメ。音も、出来上がったらこんな音になったなというレベルでした。ギター作りってかっこいい、おもしろい、出来たギターもそこそこイケてる、とそのときは思っていたんですけれど、よくわかっていなかったんですね」

一方で、清水さんの熱意は社長の桜井さんにも伝わった。卒業まで時間があったにも関わらず、入社試験を受けさせてくれたのだ。しかし結果は不合格。

「入社試験の結果はダメだったんですが、学校を卒業したら見習いとして来てもいいよと言ってもらえました」



製作会社に住み込みで修業する


フェルナンデスギターエンジニアリングスクールでの2年間を無事修了した清水さんは、晴れて河野ギター製作所に見習いとして就職する。19歳になっていた。

「僕を除いて5人の先輩たちが働いていて、当然最年少でした。すぐ上の人でも50歳ぐらいでしたね」

職人への弟子入りというと、先輩たちの背中を見て厳しく仕事を教わるというイメージがついて回る。入社前、社長の桜井さんはギター職人の世界がとても厳しい世界であることを清水さんに説いたという。よほどの覚悟がないなら、趣味としてやる方がいい、と。もちろん清水さんがギター製作家になる気持ちに揺らぎはなかった。

「工房では見習いとして、もちろん掃除のような雑用もありましたが、新入りのお前がやるのが当然だというような空気はありませんでした。社長が言っていた厳しい世界という言葉の意味は、最近になってわかってきましたね。いろんな厳しさはあるけど生活していくのが厳しいという意味もあったんだな、と」

当然、給料は高くはなかった。そのせいもあってか、就職して半年ほどは実家から通っていたものの、それから退社するまでの13年間、清水さんは工房に併設していた部屋に住み込んで働いた。

「住み込みといっても、社長の桜井さんも先輩たちも通いだったので、初めは僕しか住んでいませんでした」

河野ギター製作所での生活は、朝8時半から5時半までが就業時間。最初は部品作りなどの下仕事から修業が始まった。先輩たちがみんなベテランだったこともあり、最初は仕事についていくだけでも大変だったという。ある程度作業ができるようになってくると、仕事が終わったあとに工房内で自分のギターを作ることが許された。

通勤時間の制約がないことも含めて、やっとギター製作家として働き始めた清水さんにとって、河野ギター製作所はふたつとない修業の場だったのかもしれない。

しかし、工房に勤め始めて数年が経つと、清水さんのギターへの熱意は停滞気味になった。

「とにかくギターが好きで、ギター作りが楽しい。そればかりだったのが、分担作業で製作していたせいか、ギターを作る気持ちに遊びがなくなって、作業になっていたのかもしれません。気付くとなんのためにギターを作っているのかな、と」

好きなことだったのに義務感が生まれた瞬間、輝きが鈍る経験がないだろうか。停滞期を迎えた清水さんのギター製作への気持ちに、もう一度大きな火を灯したのは、あるギタリストとの出会いだった。



取材・文・写真 野崎さおり
ギターの写真 清水優一さん提供

後編はコチラから→社交的ではない。ただ、会いたい人には会おうとするし、やりたいことはやるーギター製作家、清水優一さんを訪ねて(後編)ー

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