お笑いコンビ「あわよくば」のファビアンさんが妄想の赴くままに書き綴る、仕事をテーマにしたショートショートシリーズ第3弾。「新橋のたね」後編です。(編集部)
前編はコチラ→
あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.3:新橋のたね(前編)
面接官は入り口で顔認証を済ませ、ハウスのファスナーを開けた。そして僕に目で合図を送ってきた。企業秘密っぽい割には簡単に見せてくれる。
「いいんですか?」
彼は頷く。好奇心2割、恐怖が3割、あとはどうにでもなれという気持ちだった。僕は恐る恐るファスナーの隙間から中を覗いてみた。そこには二階をぐるりと囲む鉄の足場と中央に架かる橋が見えた。それ以外は確認できなかった。だが確かに一階には何かの気配がする。それも生きている。呼吸をしている。動物だろうか? それとも、人間?
ふと彼を見てみたが、ただ笑っていて何の説明もしてくれなかった。自分の目で見ろと言っているようにも感じた。僕は再びハウスの中に目線を戻した。
その瞬間、後ろから首を押された。
え!
僕は目を疑った。
何と一階には黒のスーツを来たビジネスマンがうじゃうじゃいたのだ。彼らはお互いに一礼したり名刺の交換をしたりしながら喋っていた。中には高速で歩いているものもいた。何だこれは。新橋そのものじゃないか。種から生まれ育ったのは、ビジネスマン? そんな馬鹿な話があるか。
観察している途中、腰に衝撃を受けた。後ろから蹴られたようだ。気がつくと全身ビニールハウスの中だった。
「何するんですか」
「これ、種リーマン」
彼はそう言うと橋を歩き出した。蹴られたのは腹が立ったが、ようやく説明してくれそうな雰囲気だったので着いていくことにした。ビジネスマンたちは僕らに気が付き、口々に「出せ、出せ」と言っていた。中には罵声を浴びせてくるものもいた。
「驚いた? ここでね、ビジネスマンを作っているんだよ」
「……」
「あ、もちろん本物ではないけど」
「つまり人造人間ってことですか?」
「まあ、それに近いかもね。機械ってより高度なバイオテクノロジーで生成された人間だけど」
「何のために?」
「商売だよ。ビジネスマンを栽培して、発注されたら売るだけ。ほら、一階にいるのは在庫だよ」
僕は人工とはいえ、人の形をしたものをモノ扱いしていることに腹が立った。
「出せって怒ってますよ。こんな事して許されると?」
「あらかじめ人間の気持ちをプログラミングで入力してるんだよ。支配から解放されたいって、普通の感情だよね。エラーなしってこと。傑作だ」
そんなの気の毒だ。彼らの表情を見ると、本当に心があるように見える。現に怒り狂っているじゃないか。睨んで、泣いて、大声を出して、地面を蹴っている。人間だ。感情がある以上、尊重しないといけないだろう。
まさか、怒り方もプログラムに沿っているのだろうか。
「彼らは、彼らは自分が人間じゃないってことは知ってるんですか」
僕は気がついたら声を荒げていた。
「いや、そういう面倒なことは気がつかないようにプログラムしてある」
「自分のこと、普通の人間って思ってるってことですか? 彼らの人権は?」
「ちゃんと社会に出れば周りから保証されるよ。見た目じゃ種リーマンってわからないから」
面接官は立ち止まり、彼らを指差した。
「黒のほかには、紺とグレー。カラーバリエーションは3種類。紺が一番人気だよ。最近のスタートアップ企業だと私服も多いし、自社Tシャツもあるから対応するの大変だけどね」
彼は何食わぬ顔で説明を続ける。
「数字は?」
「ああ、3Sかい? 3流のセールスマン。あまりモノが売れない営業だね」
「は?」
「1から3、1流から3流。Sはセールス、Mはマーケター、Dがウェブデザイナーで、Eはエンジニア。あと、Bはバックオフィス。人事や経理、法務、採用など会社のこと全般だよ。うちで扱ってるのは5種類。それを顧客に合わせて微調整して販売してる」
「なんで3流を」
「ああ。人は誰かを見下したい生き物だからだよ。ほら、社内に失敗する人がいた方が自分が失敗した時にも気が楽になるだろ? それに面白い失敗なら飲み会で話のネタにもなる。プライドは低くしてあるから、ちょっと馬鹿にしたくらいで彼らがブチギレることはないよ」
「そんなところまで」
「人道に反しているようで、社会貢献してるんだよなあー」
橋を渡り切り反対側の出口から外に出ると、彼は別のハウスも見学するか尋ねてきた。僕はモラルとやらに苛まれた。見てみたい気持ちはあるけど、こんなのって犯罪じゃないのか?
「出荷間近の1流エンジニアが面白いかなあ」
彼はそう言って歩き出した。
「けっこう繊細な仕事なんだよ。出荷される街に合わせて、歩くスピードまでプログラミングしてるんだから」
僕もその後を追った。
「渋谷はゆっくり、新宿は東口ならちょっと遅めで、西口は高速。品川も早いね。新橋は疾風だよ。でも決して走らない」
「何でそんなこと」
「本来の街の姿を壊すわけにはいかないでしょ? 人間に害は与えず、かつ街の潤滑油にさせる。観光地のコンビニが街の風景に合わせた色をしているのと同じだよ。それに今インバウンドの観光客が増えてきて、新橋のビジネスマンはもはや観光資源だ。渋谷のスクランブル交差点のように写真スポットにもなってるんだよ。インスタ映えもするからね。上手く溶け込ませないと」
「そんなところまで……」
次のハウスに到着し、同じように橋を渡る。エンジニアたちは感情を殺し、不満を口にせず、ひたむきにパソコンに向かってコードを書いていた。不覚にも、さすが一流だと思わずにはいられなかった。彼曰く、いつでも出荷できる状態らしい。仕事はできるのでもちろん中途採用。どの企業に入っても即戦力だそうだ。
「これって、みんな知ってるんですか?」
「みんなって?」
「いや、大人の人たち」
「あー、知ってる人は知ってるね。うちだけじゃ栽培が追いつかなくて、下請けもある。競合他社も出てきてるし」
「政府は?」
そう問うと、彼は笑い出した。
「これ、国家プロジェクトだよ。マスコミは完全シャットアウトだから、公にはなってないけど」
「え?」
「少子化が進んで移民を認めるかどうかでモメてるじゃん。で、政治家や経産省の反移民派が強行したんだよ。しかも初めは私費でね」
「そんなことが」
「今では税金も投入されて、公共投資の一部として計上されてるよ」
おぞましく感じた。僕も移民には反対だ。AI時代が到来して既存の単純労働が淘汰されていくと言われているのに、移民を受け入れてどうする。日本人の職業すら保証できるかわからない。だが、こんなやり方ってありなのだろうか。僕は正しいとは思わない。いや、少子化対策としては正しいのかもしれないけど、感情が受け入れない。種リーマンもビッグデータを活用したAIだと言えばそうなのだろう。だが人型にされるより、機械むき出しで動いてくれていた方が気が楽だ。
ハウスを出ると、先ほどのデスクの部屋まで戻ることになった。途中、畑で成りかけのビジネスマンを見た。地面からスーツを着た上半身が出てジタバタしていて、スプリンクラーから浴びせられる水や、太陽を模した光線に触れて嬉しそうだった。見た目はビジネスマンなのに植物の要素も少しあり気味が悪い。
彼曰く、もうすぐ脇の下に接続ジャックが作られてPCに繋がれ、プログラミングされるらしい。最近では種リーマンの一流エンジニアが、彼らのコードを書いているのだとか。それを自給自足2.0だとか言って笑っていたが、そうなると採用という彼のポジションも安泰ではないだろう。
僕は話を聞きながら、ずっとむしゃくしゃしていた。自分の想像より早いペースで世の中が変わってゆく。資本家がその資産で、勝手に世界を変えてゆく。僕ごときが抵抗しても無力だろう。だがこんな事業、生理的に受け付ける事ができない。
「なんで、なんで僕に教えてくれたんですか?」
デスクに到着するなり、老爺にそう尋ねた。
「ほほほ」
「誤魔化さないでください。僕はあなたの会社では働けません」
「ほう」
「少子化が進むと大変になるのは解ります。生産年齢人口が減ると日本のGDPが縮小し、国際競争に負けるかもしれない。途上国に抜かれるかもしれない。それでも僕はこんなやり方は納得できない。感情を与える以上は、彼らもちゃんと人として扱って欲しいです」
僕はありのままの気持ちを吐き出した。こんなやり方を認めたら、人として大切なものを失ってしまう気がした。
「どうじゃ?」
「正常です。なぜエラーが出たか解りません」
面接官が老爺の問いに答えた。僕には何の事だかわからなかった。二人が言葉を交わすと、デスクから別の男がやって来た。
ああっ!
気が付いたときにはもう遅かった。僕は倒され、二人掛かりで運ばれてゆく。そしてそのまま両腕を壁に貼り付けられた。
「言葉遣い、○、一般教養、○、優しさ、○」
面接官がつらつらと喋り、その都度、男はタブレットにタッチする。
「正義感、◎」
何かのチェックリストなのだろうか。
「種リーマンだという自覚、✖」
は? まさか、僕が?
嘘だ。そんな訳が無い。両親もいるし、大学にも通っている。自分の意思で面接にも来た。種リーマンならそんなもの必要ないだろう。
待てよ、記憶も行動も全てプログラミングされているとしたら……。
怖い。
何が本当で、何が嘘なんだ。
「歩くスピード、✖ 」
「スピードが新橋のレベルまで上がらないですね」
「何でだろ」
「脳ではなく、筋肉でエラーが起きていると考えられます」
その時、僕はタブレット男の顔をまじまじと見た。こいつ、どこかで見たぞ。確か……。
わかった!
駅で僕にぶつかったビジネスマンだ。と言うことは、全て……。
ここに来させるための? 僕を修理するための? ちょっと待て、そんなの嫌だ。受け入れられるわけないだろう。僕は種リーマンなんかじゃない、僕は人間だ。もはや何の根拠もないけれど。いや根拠はある。駅で、新橋の駅で汽笛を聞いて感動したじゃないか。音楽を楽しむことができるのは人間の特権だろう。それすら僕に埋め込まれたコードが、感性を働かせてるというのか?
「新橋への憧れ、○」
終わった。僕の新橋への気持ちも、規定の動作らしい。
僕が人間だと断言できる証拠が見つからない。本当に種リーマンかもしれない。彼らは僕に近寄り、脇の下を触ろうとした。おそらくそこには皮膚に隠されたジャックがあるのだろう。そんなの嫌だ。何も知りたくない、これ以上、何も……。
やるしかない。
僕は目を見開いた。ありったけの力で拳を握った。手を縛っていたプラスチックの紐を振りほどいた。そして力の限りタブレット男にげんこつを食らわせた。
「てめえ」
その瞬間、面接官が僕に襲いかかって来た。僕は拳をなんとか交わし、デスクの方に向かった。デスクのビジネスマンは慌てた様子で一斉に立ち上がり、僕を取り押さえようと迫ってくる。中にはパソコンを持っている者もいた。あれに繋がれたらおしまいだ。僕はどんどんスピードを上げた。誰が歩くスピード、✖だ。こんなに早く歩けてるじゃないか。僕も新橋の一員じゃないか。僕が仮に種リーマンだとして、人間のようにプログラムされているとして、おおよそ彼らの思い通り動いているのだとしても、一つだけ見落としていることがある。火事場の馬鹿力だ。
僕は走った。思い切り走った。こんなに気持ちいいのか、走るって。思い返せば、人生で初めて走ったかもしれない。とすると、やっぱり僕は……。ええい、もうどうでもいい。
「おい、捕まえろ」
僕は迫ってくる彼らを突き飛ばした。そしてデスクの老爺の前に立つ。
「ごめんなさい」
「ほほ」
僕は彼を担ぎ上げた。そして、逃げた。畑を抜け、あぜ道を抜け、ドローンの水攻撃を交わし、先ほど植えた三粒の種が少し芽を出しているのを踏み散らかして、エレベーターの前へ到着した。僕の体には自分でも驚くほどの体力が搭載されていた。これがイキルチカラなのだろう。憧れまくった企業の名前、こんな状況でも脳裏をよぎった。
「わんぱくじゃのう」
「これで、おさらばです」
エレベーターの中、彼の指で指紋認証を済ませ、そのまま老爺を放り出した。エレベーターは地上へ向けて上昇を始めた。
まさか地下にあんな広い施設があるとは。東京の闇。企業秘密、いや国家機密としてマスコミにリークしてやる。税金を投入してるんだ、全ての国民が知る権利はあるだろう。何て会社だ。
エレベーターの案内板には、9階から順番に
『サマリー株式会社
インパクト・ジャパン株式会社
バズ・コーポレーション
イキルチカラ株式会社
エイエン生命 新橋事業所
123株式会社
ジャッキー・チェンジ基金
ェビデンスナッシング新聞社 新橋支所
ンンンのン株式会社
トラタイガーキッチン 汐留店』と書いてあった。
なるほど。「サイバイ・エージェント」か。上手い。
到着してビルから出ると、一目散に駅に向かった。とりあえず遠くへ。遠くへ行きたい。
フォーーッ。
再び聞いた汽笛は先ほどより美しく感じた。僕は何者なんだろう。隣のビルの時計は18時を指していて、ビジネスマンたちは相変わらずせわしく往来していた。
作:ファビアン(あわよくば)
※このお話はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり実在のものとは関わりがありません
バックナンバーはこちら→
あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.2:脱いで脱いで脱いで